まさかの第2段エンジンの不具合
1段目と2段目の機体切り離しから機体破壊までの530秒にいったい何があったのか。可能性の1つとして浮上するのが、「エンジン着火」の信号を送る機体の制御装置や通信ネットワークに何らかの不具合があったことだ。
もう1つの可能性はエンジン自体が信号をキャッチしたものの、何らかの理由で作動しなかったこと。液体水素などを燃焼させる動作がプログラミングされているが、機能しなかったという推論だ。
「まだ(打ち上げから破壊までの間に取得した)様々なデータをみていないので着火しなかった原因は見当がつかない」。会見で岡田氏は明言を避けたが、2014年の開発スタートから上り坂、下り坂を繰り返してきたJAXA・三菱重工陣営にとっては「まさか」の悪夢だったに違いない。
なぜなら、H3の第2段エンジンは直近に打ち上げられたH2Aとほとんど同じ制御システムを採用していたからだ。H2Aは01年の試験機1号機以来これまでに46回中45回の打ち上げに成功している。「H2Aと3ではエンジンの部品や構成に違いがある」(JAXA)が、信号や電気系統に大差はない。「エンジンの燃焼時間は伸びている」(JAXA)ものの、トラブルは燃焼前の着火フェーズで起きている。システムは地上試験でも正確に作動していたという。

むしろ、第2段エンジンより開発陣にとって気が気でならなかったのは、1段目のLE-9だっただろう。H2Aから燃料システムや機械的な構造を抜本的に変えたからだ。
H2Aには燃料の液体水素を燃焼させる主燃焼室と副燃焼室の2つが備わっている。まず副燃焼室で推進剤(液体水素など)を燃やし高温・高圧のガスを発生。そのガスの力でエンジン駆動源となる「ターボポンプ」と呼ばれる装置を動かし、推進剤を主燃焼室に送り込む。
一方、H3はこの副燃焼室をなくし構造をシンプルにした。燃料の液体水素をガス化させて温度を上げ、そのガスでターボポンプを動かす仕組みだ。部品点数を大幅に減らしながら推力を1.4倍に向上させたことがLE-9の真骨頂といえる。
世界初の機構とあって、ターボポンプ内で激しい振動が起きタービン翼が損傷を起こすなど難題に直面。この問題のほかにも理想通りの燃焼データが取得できず苦心したが、2年の歳月をかけて最終の地上試験に成功。それだけにLE-9が順調に燃焼を終えたことで、成功を確信したエンジニアも多かったに違いない。総合指令棟では岡田氏やJAXAの理事らから「よくやったLE-9!」と歓声が上がったという。
しかし、「エンジンには魔物がいる」という岡田氏の言葉通り第2段エンジンに隠れていた魔物が牙をむいた。
Powered by リゾーム?