岡山県津山市の阿波地区。人口500人に満たない山間の小さな集落に、ガソリンスタンドに併設された「あば商店」がある。地区で唯一の商店で、移動販売も手がける店の朝は忙しい。午前9時半、移動販売車の荷室いっぱいに食材や日用品を詰め込むと、車は店を出発した。

 1軒目の配達先となる個人宅の軒下に車を止め、住民に呼びかけると、ドライバーの男性は慣れた手つきで準備に取りかかった。車の扉を開くと食材の陳列棚が現れる。玄関先に折り畳みのベンチを2つ並べ、その上に菓子パンやまんじゅうが並んだケースをセッティングする。わずか数分で家の敷地に「小さな商店」がオープンした。

2019年に移動販売を始めた「あば商店」。要望を受け、村の各家庭を回る(写真:水野浩志、以下同じ)

 家の中から出てきたのは、88歳の女性だ。腰が悪いため、商店まで歩いていくのが難しいという。取っ手付きの小さな買い物カゴを手に、ゆっくりと商品を眺め始めた。「昨日の夜は風がひどかったねえ」「今日はなにをもらおうかねえ」。世間話をしながら30分かけてサバや焼き鳥など約2000円分の商品を選ぶ。女性は夫と息子との3人暮らし。日々の食材は車で出かける家族が買って帰るので心配はないが、週に一度、移動販売車で家族の「おやつ」を見繕うのが楽しみだという。

 「話し相手になってくれてうれしい、このお兄さんは優しいよ」と女性はほほ笑む。家々を回るのは、8年前に移住してきた田辺高士さん。住民の2割ほどが移動販売を利用しているといい、1週間かけてゆっくりと各家庭を訪ねる。決して効率的とはいえないが、食材や日用品の売り買い以上に、地域の住人と定期的に交流し続けることに意義を感じているという。

合同会社あば村が運営するガソリンスタンドと商店

 あば商店を運営するのは、住民が出資して2014年に立ち上げた合同会社「あば村」だ。もともとは、地域のガソリンスタンドを存続させるために作られた会社だったが、商店や移動販売の運営など、今では地域の生活サービスを担う存在にもなっている。会社を立ち上げるきっかけとなったのは、13年。JAが運営していた地区で唯一のガソリンスタンドが、撤退するとの知らせを受けたことだった。

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