
ドーパミン分泌が高まると、遅れて癒やし系のセロトニンが分泌する
仕事などで失敗したときや悩み事があるときに、頭の中だけでぐるぐる考えているとどんどん気持ちが悲観的になり、救いのない考え方をしてしまったりすることがあります。そんなとき、たわいのないことで笑えたりすると、心が晴れることもあります。実際、笑うと免疫細胞の一つであるNK(ナチュラルキラー)細胞の分泌が高まるという研究は有名です。今回は、動作や行動などがどのように脳、そして心に影響を与えるのかを教えてください。
篠原さん:私は以前、「生きがいを持って富士山に登ると末期がんの患者さんの余命が延びる」という研究に関わったことがあります。目標を持つ、という脳や心からのアプローチによって体は影響を受ける。脳と体は互いにつながりあっているのです。
例えば「笑う」ときに脳ではどのような反応が起こるのでしょう。
篠原さん:脳の神経伝達物質の話をしましょう。「笑い顔」をするだけで、快感物質であるドーパミンの分泌が高まることがわかっています。ドーパミン分泌により海馬では記憶効率が高まり、運動野で反応が起こると運動スキルや仕事の手順を覚えるといったスキルの向上が見られます。ドーパミンやノルアドレナリンは興奮系のホルモンです。このようないわば“イケイケ型”の脳内物質が増すと、次にそれを軽くなだめるように、セロトニンが出やすくなります。セロトニンは精神を安定させる“癒やし系”の神経伝達物質です。このように、ドーパミンの後には必ずといっていいほど、セロトニン分泌が高まります。
いっぽう、愛着ホルモンとして話題のオキシトシンは、ひとりで笑う、喜ぶというよりも周囲と一緒に喜ぶときに分泌する“絆のホルモン”といえます。
余談ですが、多幸感を感じるときに分泌する、といわれるβ-エンドルフィン(脳内麻薬とも呼ばれる)は、マラソンなどで苦しい状態が一定時間以上続くと脳内で分泌されます。これは走り続けることで快感を覚える「ランナーズ・ハイ」として知られます。このようにちょっと苦しいとき、例えば心が痛みを感じるときや、辛み成分のカプサイシンが痛みの反応神経系を刺激したときにもβ-エンドルフィンは分泌します。
確かに辛いカレーって、とんでもない辛さが快感でハマるようなところがありますね。
篠原さん:辛いものを食べた後のぼんやりと幸せな感じのときに、痛みやネガティブな気持ちを癒やす働きが起こっているのではないかといわれています。β-エンドルフィンが増すとドーパミン神経も活動を増すので、「またカレーが食べたい」と思うんですね。
ただし、この手の話には注意点があります。一つは、ドーパミンもセロトニンも、それらを作動させる神経は普段から情報伝達の活動を行っています。「こういうことをすると出てくる」というよりも「普段から出ているものの分泌が増す」程度である、ということです。
もう一つ、ドーパミン一つとってもその受容体は複数あり、どの受容体にくっつくかにより神経細胞を「活性化」させるか「沈静化」させるかが異なるのです。
ですから私が「◯◯するとドーパミンが活性化する」と言うときには、読者の皆さんにわかりやすいように比喩的に解説している、と捉えてください。
脳神経の働きは複雑に連鎖しているのですね。笑いと表情、という切り口で言うと、うつっぽいときには表情がなくなってきます。脳の状態と表情筋につながりがあるのでしょうか。
篠原さん:意欲が高まるときに活性化する、やる気の中核といわれる脳の「線条体」は、顔の筋肉のコントロールや運動のコントロールもしています。ですから元気がなくなると、線条体に何らかの不具合が起こり、表情筋の動きも低下するのかもしれません。
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