かつては「お酒を飲むと血糖値が上がる」のが常識だった

 さて、ここまでの先生の説明で、食後高血糖がいかに怖いかがよく分かった。ではいよいよ、本題である「お酒と血糖値の関係」について山田さんに聞いていこう。

 山田さんによると、かつては「お酒を飲むと血糖値が上がる」というのが糖尿病専門医の間でも常識だったのだという。

 「昔は、糖尿病専門医にとって、アルコールは避けるべきという考えが当たり前でした。1990年代の日本糖尿病学会のガイドラインでは血糖値の管理が良好な人だけに限定して飲酒を許可していました。『お酒は血糖値を上げるのだろう。カロリーが血糖値の上昇に関与しているのだろう』という推測のもと、飲酒制限を指導していたのです」(山田さん)。確かに、かつて私の母が糖尿病と診断された際は、「お酒は絶対に禁止」とドクターから言われている。

 ところが、この指導には科学的根拠があったわけではないのだと山田さんは話す。

 「『お酒を飲んで血糖値が上がる』という論文は探しても見当たりません。あくまで私の推測ですが、糖尿病におけるアルコールの弊害に根拠はなく、何事も節制することが糖尿病治療にとって良しとされてきたことが影響しているのではないかと考えられます」(山田さん)

 そして今は、その正反対、つまり「アルコールは血糖値の上昇を抑える方向に働くという興味深い研究報告が出ています」と山田さんは話す。

 それが、オーストラリアのブランド・ミラーらの研究グループが、ビールと白ワイン、ジン、そして水を飲んだときの血糖値の影響を調べた研究だ(Am J Clin Nutr. 2007;85(6):1545-51.)。ここで、「アルコールは血糖値の上昇を抑えるという結果が出たのです」(山田さん)

 この研究でブランド・ミラーらは、いくつかの実験を行っている。まず、ビール、白ワイン、ジン、そして、同じエネルギー量になるように合わせた食パンをそれぞれ単体で摂取して、血糖値がどのくらい上がるかを検証した。その結果は、最も血糖値が上がるのが食パン、次いでビールで、白ワインとジンはほとんど血糖値を上げなかった(下の実験1)。

<実験1>白ワインとジンは血糖値をほとんど上昇させない
<実験1>白ワインとジンは血糖値をほとんど上昇させない
同じエネルギー量に合わせた食パン、ビール、白ワイン、ジンを摂取したときの血糖値上昇を調べた。白ワインとジンは血糖値はほとんど上昇しなかった。
* AUC(血糖上昇曲線下面積、単位はmmol/L・min)は時間経過にともなう血糖値増加量の面積のことで、血糖値上昇を比較するための指標。

 「それぞれの食品が持っている糖質の含有量にほぼ近い形で、血糖値が上がりました。糖質量は、食パン>ビール>白ワイン>ジンの順に多くなります。ジンより糖質が多い白ワインの方が血糖上昇が若干低くなってはいますが、おおむね予想通りの結果となっています」(山田さん)

 次の実験では、さらに食パン+水、食パン+前出のお酒の組み合わせで、検証している(下の実験2)。この結果、「最も血糖値を上げたのは『食パン+水』で、『食パン+白ワイン』を筆頭に、食パンとお酒の組み合わせは、『食パンと水』より血糖値が上がりませんでした。つまり、糖質とアルコールを同時にとると、血糖値の上昇が抑えられたという結果が出たのです」(山田さん)

<実験2>糖質とお酒を同時にとると、血糖値の上昇が抑えられた
<実験2>糖質とお酒を同時にとると、血糖値の上昇が抑えられた
食パンで作ったサンドイッチとともにそれぞれの飲料を飲んだ。パンと白ワインの組み合わせが、最も血糖値上昇を抑制した。
* AUC(血糖上昇曲線下面積、単位はmmol/L・min)は時間経過にともなう血糖値増加量の面積のことで、血糖値上昇を比較するための指標。

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