真っ白な砂浜と透き通った海を背にした石垣島の海辺。プライベートコテージとカフェがある「ALOALO BEACH川平」の庭で3月中旬、キャスティング会社ハンディ(東京・渋谷)でプロデューサーの肩書を持つ酒匂紀史さんがハンディ社長の大杉陽太さん、地元のダンサーの森河美帆さんと石垣島で開催するダンスイベントの企画を練っていた。

酒匂さんは昨年12月まで電通で働く敏腕サラリーマンだった。1998年の入社以降、トヨタ自動車や味の素、ユーグレナ、キリンホールディングスなどのブランディング戦略に関わってきた。電通が昨年導入した個人事業主制度を使って退職し、今年に入り石垣島に移住してきたのだ。
酒匂さんは複数の仕事を掛け持ちする「複業」で生計を立てようとしている。電通が設立した個人事業主制度の新会社、ニューホライズンコレクティブ(NH)と業務委託契約を結び、NHから紹介されるブランドコンサルティングなどの仕事を請け負いながら、ハンディで新規事業開発も手掛け始めた。さらにDOKAVENという会社を自ら立ち上げ、ラーメンや飲料などの自社ブランド製品の製作にも取り掛かっている。リゾートホテル、Haruhoo Resort ISHIGAKIの開業支援や教育系の会社のコンテンツ開発も手掛けている。
なぜ「とてもエキサイティングで充実していた」という電通社員の肩書を捨てたのか。高給が約束されている会社員から独立することに不安はなかったのか。じつは酒匂さんは電通を退職する際、妻に「電通を辞めるのはギャンブルや無謀な挑戦ではない。むしろこれから安定して生活していくために最もコンサバティブな判断だ」と告げている。
電通での仕事に不満はなく、定年退職まで働くつもりだったが、40歳を過ぎたあたりから「終身雇用という仕組みは、その名の通りの役割を果たせていないのではないか」と思い始めた。終身という言葉には一生というニュアンスがあるが、実際は60歳前後で会社員は定年を迎える。「人生100年時代まで伸びたことから考えると、半分を少し超えたくらいでしかない。ミドルまでは雇用されるがシニアからは雇用されないのが今の終身雇用の実態」だという。
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