
『後世への最大遺物』
日本のキリスト教思想家である内村鑑三の講演録。後世に残す価値があるものについて論じる。
気骨の人は何を残したのか
『後世への最大遺物』は、キリスト教思想家の内村鑑三(1861~1930年)が、日清戦争の起きた1894年に箱根の芦ノ湖畔のキリスト教徒夏期学校で行った、日本人学生に向けた講演の記録です。
本書ではまず、「私に五十年の命をくれたこの美しい地球、この美しい国、この楽しい社会、このわれわれを育ててくれた山、河、これらに私が何も遺さずには死んでしまいたくない」との思いを語り、後世に遺(のこ)していく価値あるものとして、金、事業、思想を順番に説明していきます。
そして、最終的に誰にでも遺せるものとしてたどり着いた「本当の遺物」は、「勇ましい高尚なる生涯」であるとして、次のように語っています。
「後世に遺すことのできる、そうしてこれは誰にも遺すことのできるところの遺物で、利益ばかりあって害のない遺物がある。それは何であるかならば勇ましい高尚なる生涯であると思います。(中略)この世の中はこれはけっして悪魔が支配する世の中にあらずして、神が支配する世の中であるということを信ずることである。失望の世の中にあらずして、希望の世の中であることを信ずることである。この世の中は悲嘆の世の中でなくして、歓喜の世の中であるという考えをわれわれの生涯に実行して、その生涯を世の中への贈物としてこの世を去るということであります。その遺物は誰にも遺すことのできる遺物ではないかと思う。」
勇ましい高尚なる生涯であれば、金や事業のように時に有害になることもなく、後世の人々の生き方に最も良い影響を与えることができるというのです。
内村は、本講演に先立つ1891年、教育勅語に最敬礼せずに降壇したことを糾弾された「内村鑑三不敬事件」で第一高等学校を追われています。その後も、足尾銅山鉱毒反対運動や日露開戦を巡る非戦論展開など、キリスト教思想に基づく社会・文明批判を続けた気骨の人でした。本書の序文では、内村自身にとっての「後世への最大遺物」は、本書そのものであると述べています。
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