日立製作所や富士通など、日本の大手企業が相次いで「ジョブ型」といわれる雇用制度に移行しています。ジョブ型とは、職務内容を明確に定義して人を採用し、仕事の成果で評価し、勤務地やポスト、報酬があらかじめ決まっている雇用形態のこととされます。一方、日本企業はこのジョブ型に対し、新卒一括採用、年功序列、終身雇用で、勤務地やポストは会社が人事権の裁量で決められる雇用形態を取っており、人事の専門家はこれを「メンバーシップ型」と称してきました。
今、日本企業が進めるメンバーシップ型からジョブ型への移行は何をもたらすのでしょうか。そのジョブ型に対する安易な期待に警鐘を鳴らすのが雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏です。同氏は長年展開されてきた「脱・日本型雇用」議論に対し、独自の視点で疑問を投げかけてきました。
本連載4回目では、4月1日に新著『人事の組み立て~脱日本型雇用のトリセツ~』(日経BP)を上梓する海老原氏が、日経BPのHuman Capital Onlineで続けている連載から、特に人気の高かった記事をピックアップしてお届けします。
2021年4月7日 (水)、14日(水)には、海老原氏が登壇するウェビナー「日経ビジネスLIVE 雇用のカリスマが斬る『間違いだらけのジョブ型雇用』」も開催します。こちらもぜひご参加ください。本インタビュー記事最後に開催概要を記載しております。
ジョブ型雇用に必須なのが「ジョブディスクリプション(職務記述書、JD)」。仕事をタスク分解して定義し、まとめてJDにしておけば、仕事の範囲が明確になりブラック労働も発生しない――。こうした「JD神話」はたくさんの矛盾をはらんでいる。

雇用・人事用語では、コンピテンシーや成果主義など、正体が定まらない言葉が時として大流行します。ジョブ型もその1つと言えるかもしれません。
ジョブ型を「専門領域を決めた雇用」だと思っている人は多いと思いますが、その人たちにまず聞きたい。ではこれまでメーカーで採用してきたエンジニアは、皆、ジョブ型なんでしょうか? 彼らは基本、専門内で仕事をしていますよ。
そもそもジョブとは何か
本論に入る前に、そもそもジョブとは何なのかについて考えておきましょう。
仕事というのは漠然としたものですが、それを細かく分けていくと、これ以上は細かくできない小さな単位となります。それをタスク(task)と呼びます(日本語では「課業」となりますが、よほどベテランの人事担当者にしかなじみのない言葉でしょう)。タスクにまで分解してしまうと、曖昧な点はなくなり、何人も誤解なく一意に理解できるといわれます。例えばこんな感じです。
「あなたの仕事は、求人の広報です」。これでは「広報っていったい何?」となるでしょう。
対して、細かくタスクに分解すると、以下のようになります。
・それを掲載する媒体(求人サイトなど)を決め、連絡する
・求人誌の取材相手を決める
・求人誌の原稿をチェックする
・掲載した広告への応募書類を整理する
・応募者からの問い合わせに答える
「求人広報」という仕事も、タスク分解すると非常に明確になります。のみならず、ここに列挙していない仕事を割り振られたとき、「それは私の仕事ではありません」と言えるようになるのです。だからブラック労働も発生しないし、労働時間も短くなる――。と、人事の教科書的にはそんな解説がなされてきました。こうしたありがちな解説をもう少し続けることにしましょう。
社長の仕事もJDにできる?
このように誰もが理解できるタスクを列挙して、それを1つのパッケージにしたもの、それが「ジョブ」だと俗にいわれています。そしてそのパッケージ化をするための注意書きを職務記述書(ジョブディスクリプション=JD)と呼ぶ。ここまでは人事の基礎知識ですね。
先の例でいえば、「求人広報」はジョブであり、それは細々としたタスクの集合であり、JDで定義されています。

と、ここまではまさに教科書通りの解説をしてみました。まともに実社会を見ていないアカデミックな世界では、これをそのまま信じて、おとぎ話のような言説が流布されているのです(とりわけ、教育学や社会学などの高名な研究者にこの傾向が強いようです)。
ただ、この「明確なタスクで示されたジョブ」は2つの意味で誤りです。
第1に、タスクは難易度の高い職務においては、あまり意味をなさないものなのです。例えば社長のタスクを列挙して書くことは非常に簡単で、以下のようになるでしょう。
・役員会では議事進行をリードする
・議題について総合的に勘案する
・最終ジャッジをする
・株主総会に出る……
こんな形でタスクを列挙したとしても、どのタスクも誰もが「こうすればよい」と思えるような共通のイメージを持てる定型的な作業ではなく、各人各様に苦闘しながらその答えを出していかねばならないものです。
また、その過程で派生的なタスクが生まれます。例えば「総合的に勘案する」というのは役員会の席でのタスクですが、その準備として、現場視察に行く社長もいるだろうし、経営者交流会でライバルの動向を探る社長もいるでしょう。意見の違う役員たちを飲みに誘って、どちらの話が正しいか、論を戦わせる行為も必要になるでしょう。JDでしらっと「総合的に勘案する」というタスクを書いても、その裏にはとんでもない積み重ねが必要となる。ビジネスに携わった人間ならそれはすぐに見当がつくでしょう。
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