「2つの世界」をごっちゃにしている日本人
結局、欧州は完全にエリートと一般ジョブワーカーの2つの世界に分かれており、米国はそこまできれいに分かれてはいませんが、それに類する社会となっているというのが、私の概観です。
エリートと一般ジョブワーカーとの間には大きな格差があるから、欧州の場合、社会全体が格差を是正するような再分配の制度をきっちり敷いている。でもそれによって、この階級分化がより強固に維持されている感があります。米国は、欧州のような職業資格での分断が起きないので、階級分化は「公的なもの」とは言えません。だからこそなかなか再分配政策が進まないのではないか、などと考えています。
この2つの世界の存在が、日本人にはあまり理解できないところで、人事や雇用、キャリアを語る上で大きな誤解を生んでいます。そこで、問題です。
例えば「フランスなどでは午睡の時間があって、家に帰ってランチを食べた後、寝るような優雅な生活をしている」という話がまことしやかにささやかれます。
一方で「欧米のエリートは若くから精力的に働く。日本人の大卒若手のような雑巾掛けはなく、海外赴任やハードプロジェクトなどをバリバリこなしている」という話も、同じように日本では語られます。
どちらも間違っていませんが、指している対象が異なりますよね。そういうことを知らない日本人、しかも国内には2つに分かれた世界がない日本人は、誤解をしてしまうのです。あたかも欧米では、グローバルエリートまでもが午睡をしていると…(ちなみに「家に帰る」理由も「外で昼食を取ると高いから」です)。
ここまでいかなくとも、「2つの世界をごっちゃにした」似たような誤解は多々起こります。「欧米ではエリートでもWLB充実」とか「欧米なら育休を取って休んでも昇進が遅れることがない」なども、2つの世界の錯綜(さくそう)です。
向こうのエリートは夜討ち朝駆けの生活をしている。それは欧米企業の日本法人で「出世コース」にいる人を見れば分かるでしょう(ただし無駄な仕事はしていませんが)。フランスなどではエリート層にあたるカードルでも、男性がフルに育休を採るケースがあると言います。が、彼らは「家庭を選んだ人」と呼ばれ、昇進トラックからは外れていく。
女性実業家で有名なマリッサ・メイヤーはヤフーのCEO時代にこういう趣旨の発言をしています。出世したいと思うなら、育休は2カ月以上取るな。
つまり、WLB充実な生き方とはすなわち「籠の鳥労働者」の世界の話なのです。
この分断は社会問題にもなっていますね。EUでは多くの国で、ネオナチのような右翼・国粋主義的な政党が支持率を伸ばし、40パーセントもの支持を集めている国もあります。こうした問題に対して、世の識者は「移民や域内移動者に仕事を取られた人の不満だ」と解説します。
ですが移民と競合している人たちはどの国でも1割程度しかいません。そうではなくて「籠の鳥」労働者が、この狭い世界に閉じ込められていることで不満がたまった結果が、極右政党の伸長の陰にあると私は読んでいます。
人事や雇用に携わる人はこのことを絶対忘れずに。「欧米型を取り入れる」といったとき、あなたは、2つの世界のどちらの話をしているのか、しっかり考え、それをごっちゃにしないこと。そして、欧米型はつまるところ、2つの世界を生み出してしまうこと。これらを心していただきたいものです。
本記事は日経BPのオンラインサイト、Human Capital Onlineの連載「人事の組み立て~脱日本型雇用のトリセツ~」から、一部修正して転載しました。
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