日立製作所や富士通など、日本の大手企業が相次いで「ジョブ型」といわれる雇用制度に移行しています。ジョブ型とは、職務内容を明確に定義して人を採用し、仕事の成果で評価し、勤務地やポスト、報酬があらかじめ決まっている雇用形態のこととされます。一方、日本企業はこのジョブ型に対し、新卒一括採用、年功序列、終身雇用で、勤務地やポストは会社が人事権の裁量で決められる雇用形態を取っており、人事の専門家はこれを「メンバーシップ型」と称してきました。

 今、日本企業が進めるメンバーシップ型からジョブ型への移行は何をもたらすのでしょうか。そのジョブ型に対する安易な期待に警鐘を鳴らすのが雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏です。同氏は長年展開されてきた「脱・日本型雇用」議論に対し、独自の視点で疑問を投げかけてきました。

 本連載8回目では、4月1日に新著『人事の組み立て~脱日本型雇用のトリセツ~』(日経BP)を上梓した海老原氏が、日経BPのHuman Capital Onlineで続けている連載から、特に人気の高かった記事をピックアップしてお届けします。

 2021年4月14日(水)には、海老原氏が登壇するウェビナー「日経ビジネスLIVE 雇用のカリスマが斬る『間違いだらけのジョブ型雇用』」の2回目を開催します。こちらもぜひご参加ください。本インタビュー記事最後に開催概要を記載しております。

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残業が多く休みが取りにくい日本に比べ、欧米はワークライフバランスに優れ、女性も働きやすい。それというのもジョブ型雇用だから――。まことしやかに伝わるこんな話は大間違い。欧州企業にはジョブ型労働者とエリート層の2つの世界が存在し、働き方は全く異なる。

(写真:123RF)
(写真:123RF)

 本論に入る前に、欧米と日本の社会構造の違いを知るために、こんな問題をまず考えていただきます。

Q1.欧州では、高学歴のエリートの卵が、入社早々、一般社員の上司になったりするのですか?

本物のジョブ型社会ではキャリアアップは難しい

 連載の初回では、日本型の「無限定な働き方」とは、「易しい仕事から始めて、慣れたらだんだん難しくする」というものであることを説明しました。その結果、知らない間に習熟を重ね、給与も職位も上がっていくことになります。まさに無限階段が作られているわけです。

 一方、欧米のジョブ型労働は、ジョブとジョブの間の敷居が高く、企業主導で無限階段を容易には作れません。キャリアアップの方法は、原則として
1、やる気のある人がジョブとジョブの間の敷居をガッツで乗り越える
2、一部のエリートが自分たちのために用意されたテニュアコースを超スピードで駆け上る
の2つだけ。その他多くの一般人は、生涯にわたって職務内容も給与もあまり変わりません。

 その結果、日本と欧米(とりわけ欧州)では、労働観が大きく異なってしまいます。日本では「誰でも階段を上って当たり前」という考え方が、働く人にも使用者にも常識となり、「給与は上がって当たり前。役職も上がって当たり前」(労働者側)、「入ったときと同じ仕事をしてもらっていては困る。経験相応に難易度は上げる」(使用者側)となるわけです。つまり労使とも、年功カーブを前提としているのですね。

 このあたりを、具体的な事例でもう少し詳しく見ていきましょう。

 例えば、採用面接に来た若者が、経理事務員として伝票処理や仕訳などの経理実務をこなせるとします。その若者を採用する企業はどんなことを考えるか。日本企業であれば「事務は入り口であり、数年したら決算業務をリードし、その後税務や管理会計も覚え、35歳にもなれば、経営管理業務に携わるように育ってほしい」と考えるでしょう。つまり、「経理事務」はあくまでキャリアの入り口であり、決算→税務→管理会計→経営管理と階段を上り、それに伴ってどんどん昇給し、役職も上がっていくと考えます。

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 一方欧州では、例外的なケースを除けば、事務で入った人は一生事務をやります。彼らの多くはこちらでいうところの高専や短大にあたるIUT(技術短期大学)やSTS(上級技手養成短期高等教育課程)、もしくは大学の職業課程(普通学科とは異なる)を卒業しています。経営管理に関しては、グランゼコールや大学院などで、それを学んだ人が就き、入社したときから「管理職の卵」としての扱いを受けます。

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