ブランド理論の世界的権威、デービッド・アーカー氏と星野リゾート代表の星野佳路氏がリモートで対談。アーカー氏の著書は星野リゾートのブランドづくりの教科書であり、同社が成長する原動力の1つ。星野氏はブランドづくりで感じてきたことをアーカー氏に直接尋ねた。

星野リゾート代表の星野佳路氏(左、写真:栗原克己)と米国の経営学者デービッド・アーカー氏
星野リゾート代表の星野佳路氏(左、写真:栗原克己)と米国の経営学者デービッド・アーカー氏

星野佳路氏(以下、星野氏): 私はアーカー先生の著書を読み、その理論を星野リゾートのブランドづくりに生かしてきました。アーカー先生の著書を参考にしながら、ブランドエクイティパワーを測るため、認知度の調査も長く行っています。

デービッド・アーカー氏(以下、アーカー氏):もともと戦略を研究していたのですが、人々が必要としているのは短期的な財務管理ではなく資産(アセット)であると気づきました。そして、自分ができる最善の方法は、ブランド資産を構築することの重要性とその方法を伝えることだと考え、ブランドの世界に入りました。戦略、市場調査、広告といったこれまでの仕事のほとんどがブランドの分野で貢献することになりました。

星野氏:星野リゾートでは2010年から20年ごろまで、ほとんどのホテル・旅館の名称に社名の「星野リゾート」を付けるマスターブランド戦略を実践し、成果を上げてきました。星野リゾートの社名を入れることで「ホテルの顔」をつくり、ブランド価値を上げていたのです。その結果、マスターブランドである星野リゾートの認知度は11年に30%ほどだったのが、20年には約90%となっています。

 マスターブランドの下には施設の特徴に合わせたサブブランドがありますが、マスターブランド戦略を採用したのはまだ企業規模が小さく、マーケティング資源をサブブランドに投入することができなかったからです。

アーカー氏:星野リゾートには具体的にどんなサブブランドがあるのでしょうか。

星野氏:5つのサブブランドがあり、それぞれ異なったサービスや体験を提供しています。「星のや」は非日常の滞在を提供するリゾート、「界」は伝統的な日本の温泉旅館、「リゾナーレ」は家族連れらが対象、「OMO(おも)」は都市を楽しむためのホテルです。OMOでは宿泊者とホテル周辺の地元とのつながりを重視し、地域ごとのおもてなしが特徴です。「BEB(ベブ)」は20代の若者向けのブランド。BEBを立ち上げたのは、この世代の認知を得ることが10年、20年後を考えると重要だと考えたからです。

 マスターブランド戦略で順調に施設数が増えたのですが、成長するにつれて問題が浮上してきました。それはサブブランドによって提供するサービスや経験が違うにもかかわらず、顧客にとって星野リゾートという「同じ商品」に見えることです。サブブランドの中でも、OMOやBEBはほかのサブブランドとターゲットやサービスに大きな違いがあります。

 新型コロナウイルス禍では、シティーホテルのオーナーや開発者から「星野リゾートにマネジメントを引き継いでほしい」という依頼が増えました。このため、OMOブランドのホテルが増加しています。ただ、引き継いだ施設にはそれぞれの特徴がありますから、マスターブランドと「距離を置く」ことがいっそう必要になっています。

 このため星野リゾートはマスターブランド戦略からサブブランド戦略に移行する動きを進めています。サブブランドを押し出すことによって、マスターブランドに影響を与えないようにすることを考えています。マスターブランド戦略からサブブランド戦略へのシフトについて、アーカー先生はどうお考えでしょうか。

アーカー氏:ブランドづくりの課題はとても複雑ですが、大きく3つにまとめられると思います。

この記事は会員登録で続きをご覧いただけます

残り5190文字 / 全文6703文字

日経ビジネス電子版有料会員なら

人気コラム、特集…すべての記事が読み放題

ウェビナー日経ビジネスLIVEにも参加し放題

バックナンバー11年分が読み放題

この記事はシリーズ「星野リゾートの方程式」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。