ここは十八世紀半ばのロンドン。貧民街のイーストエンド。この悲惨な状況はこの先一世紀以上たっても変わらず、ホガース作品から百三十年後もやはり最貧民の吹き溜まりで、そこへ例の切り裂きジャックが現れることになる。ちなみに「怖い絵展」では、『ジン横丁』の向かいの壁に、切り裂きジャックの容疑者と言われる画家シッカートの『切り裂きジャックの寝室』も展示した。

 『ジン横丁』にもどろう。

 ホガースは画面の隅々にまで物語を詰め込んでいる。しかもそのどれもが当時の新聞が報じたニュースをもとにデフォルメしたものだ。後景で建物が崩壊しかけている。イーストエンドの手抜き工事はよく知られていた。レンガが落下しているところに棒で突き出した看板がある。棺の形から葬儀屋とわかる。画面左の三つ玉の看板は質屋だ。今しも入り口前で主人が客の持参した品を検分している。大工が仕事道具のノコギリを、主婦が鍋を質に入れてまでジンを飲みたいのだ。

 ジンを売る店の看板は、画面左下と中景右に見えるジョッキだ。店の前には老若男女がひしめく。車椅子の老女、まだ十代の少女たちまでジンをあおる。中には嫌がる赤子にジンを飲ませる母親もいる(ミルクよりジンの方が安かったので混ぜて飲ませる例が実際にあった)。

 人も町も荒廃の極みとなれば、誰も理髪店で髪を整えようとは思わない。画面右のジョッキ看板のすぐ上、隣の建物内で店主が首を吊って死んでいる。

 画面前景にひときわ大きく描かれたヒロインが、階段に座っている。ヒロインと言っても美女とは限らない。酒で鼻を赤くし(本作の別ヴァージョンには手彩色のものがある)、歯のない口をあけ、嗅ぎタバコ入れから葉を取り出そうとして手を離したところだ。授乳していた赤子が真っ逆さまに下へ落ちてゆく。しかもそれに気づかないほど酔っぱらっている。

 彼女はこの町におおぜいいた、子持ちの娼婦の一人だ。剥き出しの足に梅毒の発疹跡がはっきり見える。まだ第一段階で、痛みも痒みもないかもしれない。それとも痛みを紛らわすためにジンを飲むのだろうか。やがて潜伏期に入り、しばらくして第二段階がやってくる、そして第三、第四へと進む。ホガースは別の作品でも梅毒の娼婦が亡くなり、残された子が先天性梅毒の症状をあらわしているシーンを描いている。

 切り裂きジャックが惨殺した四人は、どれも若くはない娼婦だった。子持ちもいた。ジャックは娼婦に梅毒をうつされて恨みを抱き、犯行に及んだ、という説もある。だとしたらその娼婦は、ここに描かれたヒロインによく似ていたに違いない。

 最後に、梅毒と現今のコロナの関係についても記しておきたい。アメリカでは黒人のワクチン接種率が突出して低く、その理由の一つに「タスキギー梅毒実験」をあげる識者がいる。

 これは一九三二年から四十年間にわたって、黒人を実験台にした梅毒研究である(研究所がアラバマ州のタスキギーにあったことからの命名)。

 研究途中の一九四二年に特効薬ペニシリンが実用化されたのにそれを秘し、症状がどういうふうに進んでゆくかを(死ぬまで)観察し続けるという、マッド・サイエンティストたちによる信じられないほど悪辣な研究だった。内部告発者が出てマスコミに報じられたのは一九七二年である。

 それからまだ半世紀。当時を知る人も存命だろうから、現政権を信じない黒人たちによるワクチン拒否だとしたら、まずは政治家が襟を正さねばなるまい。疫病は社会の暗部を照らすものだ。

この記事はシリーズ「中野京子の「災厄の絵画史」」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。