ルイ十三世の宮廷版画家ジャック・カロ(1592~1635)は三十年戦争に従軍し、自らの目で見たさまざまな悲惨な状況を連作銅版画集『戦争の惨禍』にまとめて発表した。

 たちまちヨーロッパ中で評判を呼んだその版画集の中身は、各タイトルから想像がつく――「軍籍登録」「戦闘」「女性の凌辱」「修道院強奪」「村の略奪と放火」「乗合馬車の襲撃」「悪党たちの探索」「吊り落とし刑」「絞首刑」「銃殺」「火刑」「車輪刑」「施療院」「物乞いと死」「農民の復讐」「報酬分配」。

 傭兵が所属隊を選んで登録し、戦い、その過程でありとあらゆる残虐行為を働き、あまりに目に余るとして刑に処されたり、怪我や病気で物乞いとなったり、農民に復讐されたりという一生を送る。だが彼らを使い捨ての駒とした隊長連は王から褒美を受ける、という痛烈な社会批判の連作だ。

 「絞首刑」を例に取ろう。

ジャック・カロ『戦争の惨禍』より「絞首刑」The Miseries and Misfortunes of War (plate 11): The Hanging(1633)(提供:Artothek/アフロ)
ジャック・カロ『戦争の惨禍』より「絞首刑」The Miseries and Misfortunes of War (plate 11): The Hanging(1633)(提供:Artothek/アフロ)
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 見逃しておけないほどの残虐行為に手を染めた傭兵や、敵前逃亡の兵士などを、軍は時々見せしめのため処刑して人々の怒りを宥めた。その一つが大樹を使った絞首刑。

 逃げられないように周囲を槍衾(やりぶすま)で固め、逮捕者のそばには大きなハルベルト(槍に斧を取り付けた重い武器)を握った軍人が立つ。聖職者が最期の告解を聞き、祈りを唱える。梯子を上って十字架を突き付ける聖職者もいる。被告は下着姿となり、それまで着ていた(おそらくは強奪した)上衣や帽子は脱がねばならない。画面中央あたりに、それらが銃や剣といっしょに山を成している。大樹の下の根株で、処刑人が二人サイコロを振り、どちらがどの服や武器を我が物にするか、賭けている(イエス磔刑の「聖衣剥奪」を想起させる)。

 ――普通の日常を送っていた人々にとって、傭兵のからんだ戦争は災厄以外の何ものでもなかった。一方でまた、食い詰めた貧民が傭兵になることも多かったのだ。戦争が長引けば災厄も膨れあがった。

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