旧約聖書の『創世記』によれば、方舟に乗って生き延びたノア一家に神はこう約束した、もう二度と人間を洪水で滅ぼすことはしない(「大洪水と方舟(旧約聖書時代)」参照)。

 しかしそれは水に関する約束であり、火については別だったらしい(なんだか騙されたような気がしないでもないが……)。

 ノアの方舟から幾星霜(紀元前三〇〇〇年頃?)、ソドムとゴモラという隣り合った二つの町が大いに栄えていたが、いつしか悪徳と頽廃の巣になり果てる。ソドミー(男色、獣姦)という言葉がソドムの町の名から派生しているので、聖書中の「悪徳」の意味するところは想像に難くない。神はこのありさまに怒り、(洪水ではなく)硫黄と火の雨を降らせて町を消滅させることにした。ただしそれに先立って天使二体を遣わし、住人ロトの信仰心のあつさを確認した。天使はロト夫婦とその娘たちに、急いで町を去るように、決して振り返らぬように、と命じる。

 あらゆる文化に伝わる「振り向くな、見るな」の禁忌は、もちろん破られるためにある。大急ぎで逃げ出した一家だが、住み慣れたソドムの崩壊を見届けずにいられなかったのか、ロトの妻はつい振り返ってしまい、そのまま塩の柱になったという。

 十九世紀イギリスの画家ジョン・マーティン(1789-1854)が、『ソドムとゴモラ』でそのクライマックスシーンを描いている。

ジョン・マーティン『ソドムとゴモラ』The Destruction of Sodom and Gomorrah(1852) (提供:Bridgeman Images/アフロ)
ジョン・マーティン『ソドムとゴモラ』The Destruction of Sodom and Gomorrah(1852) (提供:Bridgeman Images/アフロ)

 夜空を焦がす火の描写が圧巻だ。マーティンは火災旋風(熱対流現象のひとつ。空気のあるほうへ火が動いて上昇気流となる)を実際に見たことがあるのかもしれない。火炎は柱のように立ちのぼり、上空で竜巻さながらに旋回する。周囲の建造物は、底なし沼に引き込まれたように次々と崩れ、沈んでゆく。

 画面右手に、ロトと娘たち。前者は熱さを避けるためフードをすっぽりかぶっている。後者は金の食器類を脱出時に持ち出したようだ。一人は頭の上に載せて運び、一人は左腕にしっかり抱えて。

 彼らの背後を稲妻が蛇のごとく走る。その先にはロトの妻がいる。彼女は町を振り返った瞬間、雷に打たれたのだ。左腕を高く上げたまま、白い塩柱と化している。

 この塩柱から、ソドムとゴモラのあった場所は死海周辺ではないかとの説が今のところ優勢だ。死海西岸の岩塩の山には、「ロトの妻」と名付けられたそれらしい塩の柱も立っている。

 では硫黄と火の雨はどうか。ふつうに考えれば火山の噴火だが、死海のまわりに火山はない。その代わり石油や天然ガスの豊富な場所があるため、これらに引火して大規模な火災が発生し、町を焼き尽くした可能性も考えられている。いずれにせよ当時の人々にとってその無慈悲なまでの自然災害は神罰としか思えず、そこから逆に、堕落した町が悪かったからだという話に展開していったのではないか。

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