大いなる災厄に、はたして予兆はあるのか?

 ――ある、と北欧神話は告げる。

 それは晩秋から春にかけての嵐の夜に天空を疾駆する「ワイルドハント」、即ちオーディン(=ヴォータン)の狩猟団としてあらわれるという。凄まじい咆哮、雄叫び、悲鳴、鬼哭、呻吟、暴風が耳をつんざき、空気を切り裂き、八本脚の怪馬にまたがったオーディンが配下の者とともに狼や猟犬やカラス、魔物や妖怪、非業の死を遂げた者たちを引き連れ、空を渡ってゆく。このワイルドハントが目撃されれば、疫病、天災、大恐慌、戦争といった災厄を呼びよせたことになる。もちろん見た者は命を絶たれ、亡霊となって彼らと行動をともにしなければならない。

 古代ゲルマン人が大自然に対する畏敬と恐怖から生みだしたオーディンは、自らの片目を知恵と交換した最高神だ。戦争と狩りと風の神、魔術と死の神でもある。その荒ぶる神が北欧の厳寒の季節、しかも真夜中に、猛々しい一群を率いて空で狩猟する。何を狩るかはさまざまに言われている。罪人か、彷徨う魂か、敬意を示さぬ地上の者らか……。

 ほとんどの人が家に閉じこもる禁忌の時刻、外へ出てわざわざ夜空を見上げた者は、いったい何に引き寄せられたのか。翌日、その死体を見つけた人々は、ワイルドハントを見たのだ、魂は連れ去られた、災厄が近い、と震えあがったことだろう。

ニコライ・アルボ『オーディンのワイルドハント』The wild Hunt of Odin(1872)(写真:ALBUM/アフロ)

 十九世紀ノルウェーの画家ペーテル・ニコライ・アルボ(1831~1892)が大作『オーディンのワイルドハント』を描いている。

 見てのとおり、これは狩猟団というより大軍団だ。鉄兜をかぶった多くの兵士たちが雲海を抜け、渺渺(びょうびょう)たる曠野に吹きすさぶ風に負けぬ雄叫びをあげる。興奮の極みの怪馬はいななき、真っ黒な鳥たちもしゃがれた声で鳴き交わす。地上は戦場のようだ。裸形の木々がしなり、ごつごつした岩の間には、武具や骨のようなものがころがっている。とはいえ形態は定かならず、天空と同じく地上もまた、この世のものとは思えない。

 画面でもっとも目立つのは、中央で長槍をふりあげる逞しい半裸の女性。長い金髪を振り乱し、左腕に蛇を巻き付けている。その右横にも弓で矢を射る女性。彼女らはワルキューレ(「戦死者を運ぶ者」の意)だ。オーディンの命を受けて戦場を飛び回り、戦死した英雄をヴァルハラ(天界にあるオーディンの宮殿)へと運ぶ。

 オペラ・ファンならずともワルキューレの名はよく知られていよう。ベトナム戦争を扱った『地獄の黙示録』(F・F・コッポラ監督、1979年アメリカ映画)でヴァーグナーの楽曲<ワルキューレの騎行>が使われ、戦争で精神を狂わせた男たちの異様な行動をさらに煽るかのごとき効果を上げていた。

 さて、画面右寄りにも二人の裸体の女性がいる。彼女らは狩りの獲物のようだ。一人はぐったりした様子で馬に乗せられ、もう一人は乱暴に髪の毛をつかまれて引きあげられようとしている。ワイルドハンターの獣性を示すシーンでもある。

 画面中景中央の、王冠をかぶった髭の男がオーディンの息子にして雷神、北欧神話最大のスター、トールだということは、二つのアトリビュート(その人物を特定する持物)からわかる。一つは右手に握ったハンマーだ。ミョルニルと呼ばれるそれは、狙った敵を必ず倒し、どこへ投げてもブーメランのように必ず手にもどってくる。もう一つは、彼の乗り物。二頭の黒い牡山羊に引かせたチャリオット(一人用戦車)だ。

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