ソニーから独立したパソコンメーカーのVAIO(長野県安曇野市)が法人向け市場への転換を成功させ、新規事業の開拓に挑む様子を見てきた(第1回:6年ぶり刷新の「VAIO Z」は独り立ちの証し、地道な変革が結実、第2回:広がっていた「失敗への恐れ」、VAIOはソニーのDNAを生かせるか)。最終回となる今回は、投資ファンドの日本産業パートナーズ(JIP、東京・千代田)出身で19年8月からVAIO社長を務める山本知弘氏にVAIOの今後の方向性を聞く。

山本知弘(やまもと・ちひろ)氏
VAIO社長。1972年生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科を修了し、98年4月に三菱総合研究所入社。99年4月に富士通総研。04年からボストンコンサルティンググループなど外資系コンサルティングファームでキャリアを積み、13年4月に日本産業パートナーズに入社。ITX、ナルミヤ・インターナショナルなどに経営陣として参画し、15年8月にVAIOの社外取締役に就任。19年6月に副社長となり、19年8月から現職。(写真=的野 弘路)

VAIOの経営に関わるようになった経緯を教えてください。

山本知弘社長(以下、山本氏):JIPにおけるVAIOの担当者として、15年から社外取締役として関わるようになりました。19年6月に副社長として内部に入り、同年8月から社長を務めています。

 14年にVAIOをカーブアウト(事業の切り離し)させたときのJIPの方針は明確でした。個人向けで培ってきた技術とデザインの資産を生かし、法人向けパソコンと新規事業に進出するというものです。当時のVAIOは個人向けパソコンが大半でしたから、想定通りに事業転換できるかどうかが課題でした。

得意としていた個人向けではなく、法人向けに取り組んだのはなぜでしょうか。

山本氏:個人向けパソコンはスマートフォンやタブレットとの競合で先行きが厳しくなることが見えていました。一方、企業活動の中で書類を作成したり表計算ソフトを使ったりすることを考えると、法人向けの需要は当面なくならないだろうと考えました。事実、VAIOが独立したころは国内のパソコン市場における個人向けと法人向けの比率がちょうど半々くらいでしたが、今では市場全体の8割を法人向けが占めています。

 個人向けから法人向けへの頭の切り替えは比較的早くできたと思います。(独立から約1年後の)15年6月には、初めて法人を意識して商品企画した「VAIO Pro 13 マーク2」を発売することができました。

 しかし、ソニーから独立したときに、そもそも営業部門が含まれていなかったのです(編集部注:営業はソニーの販売子会社への委託を継続)。法人営業の体制がなく、ゼロから立ち上げていかなければなりませんでした。私も社外取締役になったころから営業部門の担当役員と議論してきましたが、そもそも初歩的なところができていなかった。企業に対する営業体制もそうですし、見積もりを出すシステムすらなかった。営業スタッフが商談を取ってきても、見積もりを作成するのにすごく時間がかかるわけです。

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