日本には、その土地の気候風土に根差した個性豊かな食材がたくさんあり、その裏には、必ずそれに携わった作り手がいます。私は、農林水産省で働きつつ、休日はそのおいしさの源である産地へ出向き、作り手の声に耳を傾けた上で、その食材を料理し、伝えることをライフワークとしています。この連載では、まだまだ知られていないおいしい食材を一つひとつひもときながら、レシピと共にお伝えします。

 第8回のテーマは「餅」

 今年もあとわずか。お正月用のお餅を購入したという方も多いのではないでしょうか。餅は古くから神聖な食べ物とされ、日本人にとって特別な意味をもつ伝統食です。お正月はもちろん、お祝いの席など「ハレ」の日に欠かせない食材です。

 かつては、儀礼の際に餅をついたり、近隣の人々に配ったりしていましたが、今ではそうした風習もあまり見られなくなってきています。

お正月には欠かせないお餅
お正月には欠かせないお餅

 今回は、その餅を機械ではなく、手でついて作っている山形県の餅屋の坂井奈緒さんをご紹介したいと思います。

 「餅の味なんてみんな一緒なんじゃないの?」。そう思っている方にこそ、食べてほしい絶品餅。私は毎年、必ず食べていますが、スーパーなどで買える餅とは粘りや滑らかさがまったく違います。その秘密は手作業の尊さにありました。

明治30年創業の老舗米穀店

 私はその餅のあまりのおいしさに驚き、坂井さんに会いに山形県村山市のゲストハウス「こめやかた」を訪れたことがあります。

こめやかたの女将、坂井奈緒さん(44歳)
こめやかたの女将、坂井奈緒さん(44歳)

 「どうぞくつろいでいって。奥のキッチンは自由に使って、自家製のお米も食べ放題だよ!」と屈託のない笑顔で出迎えてくれた坂井さん。1泊2700円というから驚きです。(現在は新型コロナウイルスの影響で宿泊は休止中)

 坂井さんは、山形県村山市で代々続く米穀店の第2子として生まれ、高校卒業と同時に県外の映画専門学校に入学。その後、体調を崩した際に「何もないところからみんなで作り上げ、最終的に誰かの心を変えていく」という映像でかなえられなかった夢を、農業で実現できるのでは、と考えます。山形へと帰り、英語教師として山形に来ていた英国人のサムさんと出会い、先に家業を継いでいた兄夫婦とともにこめやかたを営むことになります。

坂井奈緒さん(左から2人目)と夫のサムさん(左から3人目)。そしてスタッフたち
坂井奈緒さん(左から2人目)と夫のサムさん(左から3人目)。そしてスタッフたち

機械とは一味違う手つきの餅

 こめやかたでは、春から秋までは米を作り、冬の時期は毎朝餅つきから一日が始まるそうです。蒸し上がったもち米は臼に移され、冷めないうちに手早くついていくのですが、その回数なんと200回! 時々餅を引っ張り手返しをする工程を繰り返すことで、最後にはツヤツヤと光り輝いてきます。

 機械でも杵(きね)でも、つく作業という点では一緒でしょう。しかし、なぜこんなにおいしいのでしょうか。

 「うちでは、1回から200回まで、感触によってつき方も返し方も全て変えています」

杵でつくこと200回
杵でつくこと200回

 機械ではどうしても一定の力でついていくことになりますが、ここでは、手加減で調整しています。その結果、とても滑らかで伸びのある、粘り強い餅を作り出すことができる、というわけ。経験のなせるわざでもあります。

 「手返しする作業も大事。パッケージに入った時が完成ではなく、つき終わった瞬間をベストと捉えて、最高の状態の餅に近づけるようにしています」

おいしさの秘密が「手返し」
おいしさの秘密が「手返し」

 村山市は、とても寒い地域です。ここで収穫されるもち米は、夏場は昼と夜の気温の差がある分、養分をぎゅっと吸収し、うまみ成分が蓄積して、おいしくなります。やはり原材料の良さも餅のおいしさには欠かせない要素でしょう。

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