日本には、その土地の気候風土に根差した個性豊かな食材がたくさんあり、その裏には、必ずそれに携わった作り手がいます。私は、農林水産省で働きつつ、休日はそのおいしさの源である産地へ出向き、作り手の声に耳を傾けた上で、その食材を料理し、伝えることをライフワークとしています。この連載では、まだまだ知られていないおいしい食材を一つひとつひもときながら、レシピと共にお伝えします。

 第7回のテーマは「醤油」

 古くから日本の食文化を支えてきた発酵調味料である醤油は、欠かすことのできない存在です。料理好きな私も、濃口、薄口、たまり、白醤油など、数本取りそろえて、毎日使い分けを楽しんでいます。

全体の1%しかない木桶仕込みの醤油

 醤油蔵というと、昔ながらの木桶がたくさん並んだイメージを持つ方も多いかもしれませんが、実は、現在の醤油造りのほとんどは、ステンレスなど金属製のタンクが主流となっており、木桶仕込みの醤油は全体の1%を切っているといいます。

木桶仕込みの醤油蔵(撮影:志賀元清)
木桶仕込みの醤油蔵(撮影:志賀元清)

 しかし、希少であるはずの木桶が今とても盛り上がりを見せています。2021年11月7日には「木桶による発酵文化サミット in 東京」が開催される予定とのこと。

 今回ご紹介したいのは、サミットの中心人物でもある香川県小豆島の「ヤマロク醤油」の山本康夫さん。伝統の木桶醤油造りに情熱を注いでおりメディアにもたびたび登場している有名人です。

 個人的にも昔からヤマロク醤油の深い味わいが好きで、「新桶初搾り」のプレミア瓶が登場したときも、ネーミングの珍しさから興味本位で購入したのを覚えています。一度、製造現場を見てみたくて、2020年の1月、新型コロナウイルスの影響が出始める直前に小豆島を訪れました。そこで目にしたのは、100人もの様々な立場の人たちが、声をかけあいながら木桶を作っている様子。どうしてこれだけの人が集まるのでしょうか。お話を聞いてみました。

たくさんの人たちが木桶の箍(たが)部分を作る様子
たくさんの人たちが木桶の箍(たが)部分を作る様子

微生物が醸し出す木桶醤油

 瀬戸内海では淡路島の次に大きな島である小豆島で、山本さんは創業150年の醤油蔵の5代目として働いています。出会うと握手から始まり、別れ際は必ず抱擁で終わるような、温かく誰からも愛される人柄です。

ヤマロク醤油 5代目 山本康夫さん(48歳)
ヤマロク醤油 5代目 山本康夫さん(48歳)

 蔵に入るとずらっと並ぶ木桶の迫力に圧倒され、ふわっと醤油のよい香りが立ち上ります。山本さんの桶を見つめる目はとても真剣です。

 「醤油は蔵ごとに味が変わるっていいますけど、木桶によっても変わるんです。発酵の過程で酵母菌や乳酸菌などの微生物が複雑に絡み合い、味をつくる。目に見えないものをコントロールするのは難しいので、自分たちは見守るくらいなんです」

 耳を澄ますとぷくぷくと発酵の息遣いが聞こえてきます。木桶の寿命は100〜150年といわれていますが、一日一日うま味を増しながら、木桶と微生物は人間の一生よりも長い時間を共に過ごしていくのです。

 「といっても、最初は継ぐ気なんてなかったんですよ。先代からも『もうからないから継がんでええ』と言われ地元の佃煮メーカーに就職したんです。東京や大阪へ向けて営業する中で思ったのは、どこもパッケージ、値段、ボリュームばかりで中身のことを見ようとしてくれない。そのときに浮かんだのが、うちの醤油だったんです」

 幼いころから触れ合ってきた木桶で造った醤油が「おいしいこと」だけには確信があった山本さんは、この醤油で勝負しようと小豆島へ戻ってきました。

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