日本には、その土地の気候風土に根差した個性豊かな食材がたくさんあり、その裏には、必ずそれに携わった作り手がいます。私は、農林水産省で働きつつ、休日はそのおいしさの源である産地へ出向き、作り手の声に耳を傾けた上で、その食材を料理し、伝えることをライフワークとしています。この連載では、まだまだ知られていないおいしい食材を一つひとつひもときながら、レシピと共にお伝えします。

 第5回のテーマは「海苔」

 皆さん最近、海苔を買いましたか? 海苔と聞くと旅館やホテルの朝食に出てくる透明のフィルムに入った味付け海苔、あるいはコンビニエンスストアのおにぎりに巻いてある海苔というイメージが強く、わざわざ買うものとは思っていない人も多いのではないでしょうか。

 近年、消費者が食べている海苔は画一化しており、海苔需要のうち、業務用が約7割を占め、さらにその約半分がコンビニ向けとなっています。総務省家計調査によると1年間の海苔購入にかける金額は、令和元年で1世帯当たり2930円と20年の間で1000円以上も減少。つまり、多くの人にとって「専門店でちょっと高い海苔を購入して食べる」という機会は少ないのが現実です。私自身もスーパーで買える海苔で満足していました。

 しかし、あるとき、最高の海苔と出合って、私の「海苔ライフ」は劇的に変わりました。「最高の海苔」と聞いてもなかなかイメージできないかもしれませんが、一度、知ってしまうとそれ以外では満足できなくなること請け合いです。

 その海苔を扱っているのは東京都台東区の合羽橋道具街の一角にある「ぬま田海苔」さん。小さな店にはおいしさの理由や時代を生き抜く知恵が詰まっていました。

日本で唯一の有明海産初摘み海苔専門店

 食のプロが集まる道具街の一角で、ひときわ目立つ洗練された店舗があります。そこから日本だけではなく世界に海苔の魅力を発信しているのが4代目当主の沼田晶一朗さんです。

東京・合羽橋の「ぬま田海苔 合羽橋本店」
東京・合羽橋の「ぬま田海苔 合羽橋本店」

 私が沼田さんと初めて出会ったのは、3年前に合羽橋商店街へ買い物にいったときのこと。そういえば何かのサイトで紹介されていたな、と足を踏み入れると、オーシャンブルーと白を基調とした店内に、海苔のパッケージが整然と並べられていました。

 「うちは有明海産の初摘みだけを扱う海苔専門店です。海苔の収穫時期は通常11月から3月ごろまでで、その期間内に20回ほどに分けて収穫されるのですが、私たちはその最初の1回の『初摘み』だけにこだわって販売しています」

4代目当主の沼田晶一朗さん(44歳)
4代目当主の沼田晶一朗さん(44歳)

 何度もある収穫の中で、なぜ初摘みにこだわっているのでしょうか。

 「もちろん、私が大好きだからです。やわらかさ、ふわっとした口溶け、芳醇(ほうじゅん)な香り、広がるうま味。そして『今年はどんな海苔だ?』という期待も含めて、全てが初摘みならではの魅力です」

 1937(昭和12)年に川崎で創業した「沼田治雄商店」は、希少で高品質な海苔を厳選し、地元の人たちに愛されてきたそう。4代目当主の沼田晶一朗さんは、その思いを受け継ぎつつリブランディングを行い、2018年に新店舗をオープンさせました。

 「昔は川崎で採れていた大師海苔を取り扱っていたのですが、環境の変化や工業化により漁場は幕を閉じました。その後、かつて海苔の生産をされていた人たちが満足してくださる味を追求した結果、たどり着いたのが有明海の海苔だったんです」

日本一の海苔生産地、九州有明海
日本一の海苔生産地、九州有明海

 店頭に並ぶ海苔を試食できるのがぬま田海苔さんのスタイル。食べると、パリッという音とフワッとした香りがやってきて、口の中ではとろとろと海苔が溶けていき、うま味が口いっぱいに広がります。しかも、漁場や等級によってそれぞれ味が変わるので、甘みのある青混ぜならお餅に、味わいの濃い海苔は塩辛を巻いて、など次々と料理が浮かびました。

続きを読む 2/4 アパレル業から、老舗の海苔屋へ

この記事はシリーズ「作り手とレシピで知る「日本の食」」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。