日本には、その土地の気候風土に根差した個性豊かな食材がたくさんあり、その裏には、必ずそれに携わった作り手がいます。私は、農林水産省で働きつつ、休日はそのおいしさの源である産地へ出向き、作り手の声に耳を傾けたうえで、その食材を料理し、伝えることをライフワークとしています。この連載では、まだまだ知られていないおいしい食材を一つひとつひもときながら、レシピと共にお伝えします。

 第12回のテーマは「牛肉」

 昔も今も牛肉はごちそう。安価な輸入牛もありますが、日本で育つ牛の品質は群を抜いており「和牛」は海外からも注目を集めています。スーパーや百貨店に行くと「松阪牛」や「近江牛」など様々なブランドが並んでいます。現在、銘柄牛の種類はなんと320種類以上とのこと。

 一方、これまでの各都道府県が主導する銘柄牛以外に、最近目立つのは飼育方法や味などで特色を出す個人名を冠した生産者ブランド。今回ご紹介する梶岡秀吉さんが育てる「梶岡牛」もテレビメディアなどで頻繁に取り上げられる注目の存在です。

有限会社 梶岡牧場 梶岡秀吉さん(48歳)
有限会社 梶岡牧場 梶岡秀吉さん(48歳)

 私が梶岡さんと出会ったのはもう5年前。以前、この連載でも紹介した広島県のレモン農家、菅秀和さんが「質のいい堆肥を使っている」と農場で見せてくれたのですが、そこで知ったのが梶岡さんの手掛ける堆肥でした。

 詳しい話を聞くと繁殖から肥育、レストランまで一貫経営されているとんでもない生産者と知り、ぜひ会ってみたい!と山口県の中央にある美祢市まで訪れました。

業界の常識を超えた「おいしさのための時間」

 最初に驚いたのは、牛舎がとてもきれいなこと。私は仕事柄、数々の牛舎を回っていましたが、その中でも群を抜く環境で、牛たちが快適そうに過ごしていました。

牧場内に5カ所ある牛舎
牧場内に5カ所ある牛舎

 「牛も人間と同じで、ストレスは健康の最大の敵や、と思うんです。牛の気持ちになって育てたら、自然とこんな風になっとんたんです」

 梶岡さんは毎日、半日以上かけて5カ所ある牛舎のエサ箱の掃除をし、3度の見回りを欠かしません。牛の寝床の敷料は、通常1カ月から半年ごとに入れ替える牧場が多い中、梶岡牧場では2週間ごとに行い、快適な環境を整備しています。

 さらに、リアルタイムで牛の活動情報を収集できる管理システム「Farmnote(ファームノート)」を導入し、首につけたセンサーで1頭ごとに健康管理を徹底し、わずかな体調の変化も見逃がしません。牛肉業界では最近、アニマルウェルフェア(動物福祉)の問題を指摘する声もありますが、梶岡牧場の取り組みはその回答になっています。

 また、注目すべきは肥育期間。一般的に黒毛和牛は、生産性やコストを追求するために月齢20数カ月で出荷されるところ、梶岡牛は実質38カ月、最大43カ月という長期肥育を採用しています。

 「短い肥育期間の牛は、果物やトマトを青いまま収穫するときの感覚に似とる気がします。うちの牛は、きちんと生きた状態で成熟させる。おいしさのために絶対に譲れない大切な時間でもあるんですよ」

 例えば長期肥育で知られる松阪牛の定義上の肥育期間は900日(約30カ月)以上。それを超えた肥育期間が梶岡牛ならではの味を生み出します。

次ページ エサづくりからレストランまで