日本には、その土地の気候風土に根差した個性豊かな食材がたくさんあり、その裏には、必ずそれに携わった作り手がいます。私は、農林水産省で働きつつ、休日はそのおいしさの源である産地へ出向き、作り手の声に耳を傾けた上で、その食材を料理し、伝えることをライフワークとしています。この連載では、まだまだ知られていないおいしい食材を一つひとつ紹介しながら、レシピと共にお伝えします。

 第10回のテーマは「いちご」。

 いちごは昔から「高収益作物」といわれていますが、たしかに農林水産省の「農業経営調査 品目別経営統計」によると施設栽培のいちごの10a当たりの粗利益は約360万円、農業所得は約190万円と施設園芸の中でも特に高い部類です。

 一方で、一般的にいちごは栽培が難しいとされています。天候の変化と病気に弱いのがその理由です。いちごの実は土に触れてしまうと病気になりやすいですし、アブラムシなどの害虫にも注意しなければいけません。また、夏の暑さや乾燥にも弱いなど、気を配る点が数多くあります。

 いちごの品種は約300種と大変多く、現在も日本各地で品種改良が重ねられ、個性的な新品種も続々と誕生しています。国内のみならず海外でも人気が高く、輸出も増加傾向。

 そんないちごの生産量1位の県は、50年以上トップを独走する栃木です。栃木には優れた生産者がたくさんいますが、なかでもレジェンドと称されるのが「ハート&ベリー」の野口圭吾さんです。名だたるシェフから「いちごの神様」と慕われる野口さん。帝国ホテルやリッツカールトンなどでも扱われる彼のいちごはどのように生まれたのでしょうか。

 私が野口さんと初めて出会ったのは、4年前。野口さんのいちごをテーマにした食事会で、あまりのおいしさに驚き、畑までお話を聞きに行きました。その栽培方法やパッションに圧倒されたことをおぼえています。

宇都宮市でいちごを生産販売する(株)ハート&ベリー
宇都宮市でいちごを生産販売する(株)ハート&ベリー

消費者の立場のまま生産者になった

 そもそも、なぜ野口さんがいちご作りを始めたのかというと、1999年にさかのぼります。東京でシステムエンジニアをしていた野口さんは、昔から憧れていた農業をするために、奥様の地元でもある栃木県宇都宮市にやってきました。

ハート&ベリー代表の野口圭吾さん(59歳)
ハート&ベリー代表の野口圭吾さん(59歳)

 「就農したての頃に驚いたのは、早採りし、ヘタの近くが白いいちごが一般に流通していることです。逆に完熟しているものを出荷すると農協に引き取ってもらえないこともありました」

 完熟したやわらかいいちごは、流通の際に傷みが生じることもあります。そのため、完熟前のものを収穫し、パック詰めしてスーパーに並べるのはよく見かける光景。トマトなどの他の野菜でもよく目にしますが、野口さんはそこに疑問を持ったそう。

 「消費者の立場になったときにおいしいもの。完熟で甘く、いちごらしい酸味があり、香りもよい。そんないちごを食べてもらうことを目指しました。いたって普通の……言ってみればサラリーマンの感覚ですよ」

 たしかにどんな商品も、まずはよいものを作り、消費者に喜んでもらうのは当たり前のこと。しかし、当たり前を徹底するのはじつは一番難しいこと。農業の世界ではときに形がそろっていて、流通に有利であることが優先される場合もあるだけに、高品質を追求する野口さんのスタイルから学ぶべきことは多そうです。

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