小さな醸造所なので、1回に造れる量は200リットル程度しかなく、現在はネットショップで売り出すと同時に瞬く間に完売となってしまうようです。

 「今後は、今の10倍は造れる醸造所にしようと夫と話しています。飲みやすいと言ってくれるお客さんが多いのはとてもうれしい。私自身がアルコールに弱いので、そんな方でも楽しめるようなビールをたくさん造りたいです」

 私は「クラフトビールは種類が多すぎて勉強するのが大変……」と思っていましたが、それは間違いでした。考えてみれば音楽にもジャズやファンク、ブルースやゴスペルなど数えきれないほどジャンルがありますが、知らなければ楽しめないわけではありませんし、好きなアーティストをきっかけにその世界にどんどんハマっていくものです。

 クラフトビールの世界もそれと同じ。種類やイメージではなく、好きな作り手と出会えると世界がぐっと広がります。クラフトビールがこれだけ広がったのは魅力的な生産者が増えたからなのでしょう。彼女の話を聞いていると、ビールは機械ではなく、様々な人の手で造られていると実感します。

「農家は職人であるべきだ」

 バンドをやっていた時代も、演奏をするよりライブの企画やイベントを運営することのほうが性に合っていたという加藤さん。農業をしながら様々なアイデアに思考を巡らせ、ビールまで醸造してしまうそのモチベーションはどこからやってくるのでしょう。

 「私は何でもがむしゃらにやってしまう性分なんです。よく『ブランディング、がんばってますね』と言われますが、農家はブランディングなんてしなくてもいいんじゃないかと思います。本来、農家は職人であるべきだと思うんですよ。農家は価値のあるものをしっかりと作る。それが一番ではないかなと。農業の危機がよく取り沙汰されていて、確かにこのままだと本当に滅びてしまうかもしれない。でも、それは農家のせいだけではなくて、周りの環境も関係している。だから、生き残るためには人々の意識を少しずつ変えていく必要があって、そのための発信なんです」

 彼女が伝えたいのは、農業を取り巻く売り手や飲食店、食べる人の意識を変えていくことの大事さ。新品種や新ブランドは、最初は珍しいのでそれなりの価格を付けることもできますが、その場しのぎになってしまうこともあります。目先の農産物を売るだけではなく、価値をどこまで高められるか。それは今の農業が直面している課題です。農家の減少は高齢化や人口減少など様々な理由がありますが、そもそも生産したものがそれなりの値で売れないと、産業としては残っていけません。

 「ビールを造るのも農業のひとつだと思うんです」

 カトウファームの試みは課題解決のヒントになるのではと思います。私が様々な生産者と会って感じるのは、農業はクリエーティブだということ。日々、何かを生み出す現場に行くと私も勇気づけられます。

 「社員の中にはミュージシャンをしながら農業をしている者もいます。自分次第でいろいろと組み立てていけるのが農業。やることがないと悩むくらいであれば、小さな農業から始めれば見えてくるものが絶対ある。農業は、おすすめです!」

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