「国際ルール作りへの積極的参加が、未来の日本の競争力を決める~その意義と課題・人材育成の必要性とその方法~」と題したセミナーが開催され、国際ルールを作る現場やグローバルな交渉についてディスカッションされました。

 今回は、通常の英語学習についての質疑応答形式から離れ、2022年7月7日(木)に実施したTORAIZ語学研究所主催セミナー「国際ルール作りへの積極的参加が、未来の日本の競争力を決める~その意義と課題・人材育成の必要性とその方法~」の模様を前後編として2週にわたりお届けします。

 多摩大学ルール形成戦略研究所客員教授の市川芳明氏と公益財団法人日本サッカー協会専務理事の須原清貴氏が対談。実は、本セミナーは過去記事「五輪スキージャンプ失格問題で考える、「ルール」には潔く従うべきか」にいただいたコメントなどの問題意識を受けて、開催する運びとなりました。トライオン代表の三木雄信氏のファシリテーションのもと、国際ルールづくりとその運用や、グローバルな交渉について、異なる分野で豊富な経験をお持ちのお二人にお話しいただきました。

市川 芳明氏
多摩大学ルール形成戦略研究所客員教授
1979年東京大学工学部機械工学科卒業、日立製作所エネルギー研究所入社。ロボティクスおよびAI(人工知能)分野の研究に従事。その後、情報グループ環境ソリューションセンタ長、本社地球環境戦略室主管技師長、研究開発グループチーフアーキテクト室長、同グループ技術顧問、知的財産本部国際標準化推進室主管技師長を務め2020年4月退職。東京都市大学環境学部客員教授。一般社団法人サステナブルビジネス研究所代表理事。IEC TC111(環境規格)前議長、ACEA(環境諮問委員会)日本代表、およびISO TC268/SC1(スマートコミュニティ・インフラストラクチャ)の国際議長。工学博士、技術士(情報工学)。
須原 清貴氏
公益財団法人日本サッカー協会専務理事
ボストン・コンサルティング・グループ東京事務所コンサルタント、CFOカレッジ代表取締役社長、GABA取締役副社長兼最高執行責任者(COO)、キンコーズ・ジャパン代表取締役社長兼最高経営責任者(CEO)、ベネッセホールディングス国内英語カンパニー長、ベルリッツ・ジャパン代表取締役社長、ドミノ・ピザ ジャパン代表取締役兼COOを経て、2018年3月より現職。

産業が有利になる法律を作るヨーロッパ

トライオン 三木雄信氏(以下、三木):国際ルールは実際にどのように作られているか、教えてください。国際ルール整備の現場で感じたことは何かありますか。

多摩大学ルール形成戦略研究所客員教授 市川芳明氏(以下、市川):私は現在、ビジネススクールの客員教授をしており、社会人の方、それも多くはマネジャークラス以上の方に対して指導させていただいています。グローバル企業で勤務され、世界の視点で物事を捉えていらっしゃる方が多いです。欧米、特にヨーロッパと日本とは2つの面で大きな違いがあります。

 1つは国の産業政策のアプローチです。日本の産業政策は、中小企業への補助制度や特定の技術を開発するための補助金支給などが多く、法律は産業政策を支えるための法律づくりをしているとは言えません。法律は、安全性を確保するためや事故を未然に防ぐために整備する、これが日本のやり方です。

 ヨーロッパは全く異なります。法律そのものが産業政策という考えです。ヨーロッパ企業の得られる利益が明確に設計された法律を作るのです。当然ながら、自分たちに都合のいいような法律ではWTO(世界貿易機関)に指摘されるので、彼らは国際ルールを利用します。

 例えば、カーボン・ボーダー・アジャストメント・メカニズム(Carbon Border Adjustment Mechanism:炭素国境調整措置)、別名、炭素関税。まだ施行されていませんが、端的に言うとヨーロッパに外から入ってくる製品に対して関税をかけるという政策です。理由もなく関税をかけたら各国から非難されるところを、カーボンフットプリントの考え方を利用して通すのです。カーボンフットプリントとは、原材料の採掘から製造、使用、そしてリサイクルに至るまで、ライフサイクル全体を通してその製品が排出する温暖化ガスの量をCO2量に換算したものです。このカーボンフットプリントが、ヨーロッパの標準よりも多ければ、その差額を金額に換算して受領するというメカニズムを作っています。金額換算の基準に使用するカーボンプライスは、ヨーロッパは高く、1t当たり1万円近い国もあります。対して日本は1000円を切るぐらいです。それだけで差額が9000円もあります。日本も省エネをしていますから、恐らくカーボンフットプリントは日本の製品も高くはないと思いますが、カーボンプライスの差額だけ掛け算して差し引かれると実は膨大なもうけが失われます。

 カーボンフットプリントは世界全体のCO2を減らすために必要な考え方だとして、既にヨーロッパは国際標準化しています。ISO(国際標準化機構)が20年ぐらい前から整備して各国が合意しており、この計算方法は世界中の人が認めているのだという主張です。「なんだ、このとんでもない税は」と言われそうなところを、「国際標準に基づいた関税なのだから文句はないよね」という通し方です。

 これはほんの一例です。環境のため、気候変動のためと言いながら、産業政策として見事にヨーロッパの産業を有利に導いているのです。ルール形成という面でも、ISOにおける国際ルールと法律がきちんとかみ合っています。

 企業も同様です。複数の企業グループが、よくイニシアチブ、フォーラム、アライアンスなどを立ち上げます。例えばカーボンフットプリントつながりで言いますと、Catena-Xというドイツの自動車産業が立ち上げた団体があります。Catena-Xはドイツの自動車メーカーと他国ではそのサプライヤーなどの企業だけが主要なメンバーです。この団体ではカーボンフットプリントをきちんと収集するため、自分たちに優位な基盤(プラットフォーム)づくりを始めています。ここでそのルールに乗り遅れると日本の自動車メーカーはヨーロッパで明らかに不利になります。

 このように枚挙にいとまがないのですが、ヨーロッパでは、ルールづくりとビジネスはどの企業も密接に考えますし、政府も同じように考えています。

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