この連載では、英語コーチング・プログラム「TORAIZ(トライズ)」の約7000人の受講生のデータと学習工学(Instructional Design)に基づき、最小の努力によって最短で英語の学習目標を達成するためのノウハウを受講生や読者の皆様からの質問に答える形でお伝えしていきます。
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さて、グローバル人材育成研修の担当になった家電メーカー勤務のKさんの「研修設計担当者として、第二言語習得理論とインストラクショナルデザインの違いを知りたい」というご質問を受け、2回にわたって、第二言語習得理論とインストラクショナルデザインの主な理論の歴史的展開について説明してきました。
今回は、その2つの考え方の違いについてお話ししていきます。
言うまでもなくこの2つの理論は学習についての考え方ですが、第二言語習得理論は、第二言語の習得に特化した理論です。それに対して、インストラクショナルデザインは、言語にとどまらず全てのスキルや態度の学習に適用できるものです。実際に、アメリカでは公教育や企業研修においても、インストラクショナルデザインの考え方が学習・研修プログラムの前提として一般的に普及しています。
学習ゴールの設定についてみていきましょう。
第二言語習得理論は、「人が第二言語を習得する仕組みを明らかにする」ことを目的としています。しかし、そもそも「第二言語を習得する」ということについて定義が明確ではありません。
英語の場合を考えてみましょう。「英語を習得する」といっても、想定するレベルはさまざまです。例えば、「会議室で自分の業務範囲に関するプレゼンテーションを行い、1対1で質疑応答ができる」というレベルと、「喫茶店で英語のネイティブ話者とどんな話題についても流暢に話ができる」というレベルの間には大きな差があります。しかし第二言語習得理論では、どちらのレベルに達するかは明確ではありません。
一方、インストラクショナルデザインは学習目標を決めることが最初の一歩です。どんなスキルや態度の学習にも適用できるアプローチですから、逆に学習目標を決めないと始まりません。
例えば、「3カ月後に、ドイツのデュッセルドルフの国際見本市で自社商品のブースを構え、英語で説明や質疑応答ができるようになる」、「1年後にソムリエの世界大会に出る」のように、具体的な学習目標を立てることが前提になります。
このような第二言語習得理論とインストラクショナルデザインの違いは、学問的なアプローチの違いに由来します。実は、学問的なアプローチの違いは大事なポイントです。例えば、大学の学部で「理学部」と「工学部」が分かれているのは、それぞれの学問的なアプローチが異なるためです。
インストラクショナルデザインの日本語訳は、一般的には「学習工学」とされています。つまり、インストラクショナルデザインは「工学」としてのアプローチなのです。一方で、第二言語習得理論は理論を追究する「理学」としてのアプローチです(もっとも第二言語習得理論の中には、科学的なエビデンスレベルが不足しているために「仮説」の域を脱していないものが多数あるのも事実です)。
このように、第二言語習得理論とインストラクショナルデザインの違いは、「理学」と「工学」の違いによるものです。「理学」と「工学」では、そもそも学問としての目的が異なります。「理学」の目的が自然や社会のあり方についての真理を追究することである一方、「工学」は人類の幸福のための課題の解決を目的としています。
時に、「理学」は基礎研究、「工学」は応用研究といわれることもあります。厳密に言えばその通りではないのですが、一面の事実でもあります。なぜなら、社会的課題においては、「理学」を押さえた上で、「工学」によって実際の解決がなされていくからです。
従って、英語の学習においても、第二言語習得理論を押さえた上で、インストラクショナルデザインに基づいて学習プログラムを開発することが重要です。
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