菅義偉総理の宣言によって、2050年カーボンニュートラルへの動きが本格化した日本。この動きについて、脱炭素を軸にした経済成長の必要性を訴え続けてきた小泉進次郎環境大臣はどう見ているのだろうか。2019年12月のCOP25では、後ろ向きな日本の気候変動対策が世界中から批判を浴びた。「日本はガラパゴスへの道をぎりぎりで踏みとどまった」と語る胸の内を聞いた。

小泉進次郎[こいずみ・しんじろう]氏
1981年生まれ。関東学院大学卒業後、米コロンビア大学にて政治学修士号を取得。米戦略国際問題研究所(CSIS)研究員を経て、2009年衆議院初当選。17年までに4回の当選を果たす。19年9月から現職。内閣府特命担当大臣(原子力防災)も兼務する。(写真=竹井 俊晴、以下同じ)

菅義偉総理が昨年10月に2050年までにカーボンニュートラルを達成する目標を掲げて以降、日本でも脱炭素を意識した動きが加速しています。

小泉進次郎・環境大臣(以下小泉):私は安倍前政権下で環境大臣に就いて以降、さまざまな外交の現場で日本の気候変動政策がなかなか前に動いていないという批判を一身に受けてきました。環境大臣として、2050年までのカーボンニュートラル宣言を早くすべきだと政府に働きかけ続けていましたが、残念ながら安倍政権のうちに実ることはありませんでした。

 それが菅総理の宣言で大きく変わりました。とりわけ産業界の動きは私の想像以上です。今までの抵抗や調整の難しさを考えると、手のひらを返したように皆が総理の宣言を「英断だ」とたたえています。

 これまで経済界にとって環境省とは、規制ばかりを唱える「経済成長の足かせ」のような存在でした。それが今や環境と経済成長の好循環を実現すべく、経団連と合意書を交わし、定期的に意見交換するまでになっています。日本は一度方向が決まると変化が速い。

 「環境と経済の好循環」という言葉は、安倍前総理も使っていました。環境はコストでなく、経済成長のエンジンであり、源泉である、と。菅総理はそれを明確に成長戦略の柱に、政権の看板政策に置きました。これは史上初の出来事です。霞が関で、最もその変化を体感しているのは環境省なのではないでしょうか。

地球環境あっての経済だという考え方に、ようやく日本も変わりました。

小泉:世界と日本の間には環境意識の違い、とりわけ大量の二酸化炭素(CO2)を排出する石炭の扱いに関してはものすごいギャップがあります。日本におけるエネルギー政策の議論は11年の東日本大震災以降、主に原子力発電に関するものばかりでした。国会で石炭の議論なんてほとんどされていませんでした。一方世界の先進国では、いかに石炭をなくしていくかという議論が進んでいます。なぜこの状況に早く気づかないのか、常にもどかしい思いをしていました。

続きを読む 2/5 日本で議論生み出すためあえて批判受けたCOP25

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