新島越駅に記念列車が到着。2014年4月6日(提供:三陸鉄道)
新島越駅に記念列車が到着。2014年4月6日(提供:三陸鉄道)

(第4回「収益拡大策を連発、三陸鉄道全線再開まで社員の雇用と士気を守れ!」はこちら)

三陸鉄道の望月正彦社長(当時)は、大地震に臨んで「被災後1週間で運行再開」「3年で全線再開」という目標を即座に立て、実現した。最も重視したのは「スピード」だった。望月氏は震災後の2日間、「三陸鉄道が本当に必要な存在なのか」と考え続けたという。そして出した結論が、高スピードの対応につながった。同氏が考える「迅速」な対応と「拙速」な対応の違いはどこにあるのか。その考えの軌跡を追う。

(聞き手:森 永輔)

望月さんは、大地震に見舞われたあと、「1週間で部分復旧」「3年で全線復旧」という大きな決断を下し、それを実現しました。一連の対応で、重視したのはどんな点でしたか。

望月正彦・三陸鉄道前社長(以下、望月):やはりスピードです。

 素早く対応した方が良い結果が出ることが多いのです。例えば、1週間で部分復旧することに取り組んだ狙いの1つに、マスコミ対策がありました。被災地の鉄道がみな止まっている中で、最初に運行を再開すれば、地域住民の役に立つだけでなく、メディアに取り上げられる機会が増えアピールすることができます。

<span class="fontBold">望月正彦(もちづき・まさひこ)</span><br />三陸鉄道・前社長<br />1952年生まれ。1974年に山形大学を卒業し、岩手県庁に入庁。久慈市助役や岩手県盛岡地方振興局長を歴任した後、同庁を退任。2010年6月~2016年6月まで三陸鉄道で社長を務めた(写真:赤間幸子)
望月正彦(もちづき・まさひこ)
三陸鉄道・前社長
1952年生まれ。1974年に山形大学を卒業し、岩手県庁に入庁。久慈市助役や岩手県盛岡地方振興局長を歴任した後、同庁を退任。2010年6月~2016年6月まで三陸鉄道で社長を務めた(写真:赤間幸子)

 アピールできたからこそ、枝野幸男官房長官(当時)をはじめとする要人が視察に訪れてくれ、108億円の復旧資金を獲得することができました。

人は「拙速な対応」を恐れがちです。「間違っていたらどうしよう」と考えることはありませんでしたか。

望月:私は「拙速な対応」と「迅速な対応」の違いは、その目標とか目的が明確になっているかどうかにあると考えます。結果はともあれ、目標を定めて、それに向かっていれば、それは迅速な対応です。一方、目標がはっきりしないまま進めれば、拙速な対応になってしまう。

望月さんは一連の震災対応の目的を何と定めたのですか。

望月:「三陸鉄道の存在意義に沿って、役割を果たす」としました。

思案の2日間、「三陸鉄道は必要とされているか」

 実は、1週間で部分復旧を決めるには、その前提がありました。地震が起きた3月11日から、13日の視察に出られるようになるまでの2日間、私は三陸鉄道についてずっと考えていました。「本当に必要な存在なのか」と。

 三陸鉄道は1994年から震災の時点まで20年近く赤字を計上し続けていました。しかも、大地震で大きな被害を受けた。これからの経営も恐らく非常に厳しい。こういう会社が本当に必要なのか――と。

 三陸鉄道のリストラも頭をよぎりました。例えば、北リアス線*だけの全面開通を目指す。南リアス線*は、北リアス線以上に被害が大きかったので。さらに、それまでの単独第三セクターをやめて、同じく岩手県を走るいわて銀河鉄道と合併して規模の利益を目指す、といった案です。

*:北端の久慈駅と南端の宮古駅を結ぶ71.0km
*:北端の釜石駅と南端の盛駅を結ぶ36.6km

 そして、考えて、考えて、考えて、出した結論が、「必要」でした。

 それはなぜか。

 歴史を振り返ると、鉄道が廃止されたあと栄えた街はありません。1987年に国鉄が民営化された際、全国で80前後の赤字路線が廃止されました。そのうちの半分は第三セクターが運用するかたちに、残りの半分はバス路線に転換したのです。このバス路線に転換した地域はあっという間に衰退しました。

 なので、「鉄道は地域にとって必要。地域の人が必要としているのであれば、復旧させるべきだ」と結論づけたのです。

 そして、前にお話しした、田老駅近くの線路の上に残された足跡が、三陸鉄道が必要とされていることの証しでした(関連記事「『被災後1週間で運行を再開する』~決断を促した雪の上の足跡」)。

続きを読む 2/3 車両が来ない駅を掃除し、雑草を抜く周辺住民

この記事は会員登録で続きをご覧いただけます

残り2420文字 / 全文4333文字

日経ビジネス電子版有料会員になると…

特集、人気コラムなどすべてのコンテンツが読み放題

ウェビナー【日経ビジネスLIVE】にも参加し放題

日経ビジネス最新号、10年分のバックナンバーが読み放題

この記事はシリーズ「三陸鉄道始末記~3.11大地震から全線再開まで」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。