組織において、専門家の意見が軽視されることがある。政府の新型コロナウイルス対策にても「専門家の意見が軽視されているのではないか」という批判を耳にする。なぜ、こうしたことが起こるのかは、経営学の視点から考えると分かりやすい。

正しくても、伝わらないのはなぜか(イラスト:高谷まちこ)
正しくても、伝わらないのはなぜか(イラスト:高谷まちこ)

 政府の新型コロナウイルス対策には、感染症学や公衆衛生学などの専門家が様々な提言を行っている。科学的な理論やファクトに基づく感染症対策の重要性については、全ての人が認めることだろう。にもかかわらず、その内容が実際の対策に反映されていない、場合によっては、その提言とは正反対の意思決定が行われていると感じられる、と指摘する人は少なくない。

 企業においても、マーケティングや開発、営業、生産、人事といった多様な分野の専門家の意見や分析の結果が重視されず、直感や過去の経験に基づき意思決定が行われているケースがある。

 不確実性や複雑性が高まり、求められる知識や知恵のレベルが高度化していく社会において、専門家の意見やアイデアが無視されることは望ましくない。

 経営学では、専門家が軽視される理由と、それを克服するための方法についての研究が蓄積されている。近年の研究から、組織の中で専門家がぶつかる3つの「壁」の存在が明らかになっており、「それらを克服できた専門家は何をしていたのか」という問いについても、実証的な調査が行われている。

第1の壁:方針決定では重宝されるのに実行段階では軽視される「壁」

 例えば、新型コロナウイルス対策において、感染症の専門家によって提案されたモデルに基づき、「人流を抑えるべきだ」という目標は、抵抗なく設定されている。しかし、一連の取り組みをつぶさに見ると、「人流を抑えるための具体的な施策の検討」という実行の段階になったとき、急に専門家の影が薄くなってしまうことがあるようだ。

企業においても同様だ。課題解決のために当初重宝されていた社内の専門家が、具体的な戦略を決める段階になると、いつの間にか会議にすら呼ばれなくなることがある。

 組織の意思決定は、一般的には問題を解決するために行われると考えられがちだ。しかし実際のところ、「我々は今後この問題に本気で取り組む」というアピールのために行われる場合が少なくない。

 「本気度」を組織の内外に伝えるためには、意思決定プロセスに専門家を加えることは極めて効果的だ。したがって、特に総論や方針について意思決定する段階では、専門家の意見やアイデアが重視される。にもかかわらず、実施段階に入ると事情が大きく変わるようでは、問題を本質的に解決できないはずだ。専門家の知見をもっと戦略に生かすにはどうすべきだろうか。

 フランスのEMリヨン経営大学院のリサ・ブッチャーが2021年の論文において行った実証研究は、実行段階で無視されるという「壁」を壊すにあたって、専門家が取るべき方法についてのヒントを与えてくれる。

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