企業は経営データなどから「方針を変えるべきだ」という明確なシグナルが出ているにもかかわらず、効果的に活用されないことがある。その結果、あってほしくない方向にジリジリと進み、やがては取り返しがつかなくなる。理由や対応策を経営学の最前線から考察してみよう。

組織が軌道修正できないのには理由がある(イラスト:高谷まちこ)

 組織は間違いを修正するのがなかなか難しい。最近では東京五輪やコロナ禍に対する政府の対応にこの傾向を見いだす人もいるだろう。対処しなければいけなかった問題に対して、「対応が遅い」「もっと早く対応すればこれほど大きな問題にはならなかったのではないか」という批判が目立つ。

 企業においても、売上高や利益などの数字が戦略を修正する必要を示しているのに、それを考慮した意思決定を行わないトップマネジメントに対して、憤りや諦めを感じているビジネスパーソンがいる。職場を離れても、例えば生活習慣を変えるべきことを強く促す健康診断の結果を前に、何の手も打たない自分に気づくこともある。間違いを修正するのはやはり難しいのだ。

 ネガティブなシグナルを活用できない問題に対しては、「トップが無能だからだ」という批判がなされることがよくある。しかし、最新の経営学の研究によると、この批判は実際には該当しないケースが多いことが分かっている。

 どういうことか。ネガティブなシグナルを活用できないケースの多くは「合理的で正しい判断がゆがめられる」=「心理的なバイアス」が原因だが、実は心理的なバイアスは、トップが有能かどうかに関係していないことがこれまでの研究から分かっている。例えばカナダのトロント大学名誉教授のキース・スタンオーヴィックらは7つの調査を通して、「様々なバイアスと認知能力の間に強い相関関係がない」ことを明らかにしている。つまり、「無能だから心理的バイアスにさらされやすい」わけではないのだ。逆に言えば「有能」なトップが変わったからといって、問題が残る可能性が高い。

 従って私たちが検討すべきなのは、「なぜ有能なトップですら、ネガティブなシグナルをうまく活用できないのか」という問いである。この問いは、「企業の行動理論」と呼ばれる研究領域において、古くから検討され、現在も多くの実証研究が蓄積されている。ネガティブなシグナルの活用を妨げる多様な要因が明らかになっているが、ここでは「心理的なバイアスのわな」を3段階のモデルに分けて考えてみよう。

 結論から先に言えば、「問題ある状況に陥りつつある」というメッセージを生かす機会は何度もあるのだが、それをつかみ損ね、問題は次第に深刻化していくのだ。

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