近年の経営学では「気が散っている時こそ、クリエーティブなアイデアが生まれる瞬間」とする実証研究が進んでいる。仕事に害をもたらすように思える「注意散漫」を「創造性の母」にできるのはなぜか。クリエーティブを生む方法が見えてきた。

「注意散漫」をどう生かすか(イラスト:高谷まちこ)
「注意散漫」をどう生かすか(イラスト:高谷まちこ)

 パソコンの前で仕事をしている最中、あるいは会議に参加している最中、ふと「全く関係のない問題について思いを巡らせている自分」に気付くことがあるだろう。思いを巡らせた内容は、重要ではあるがほったらかしになっている案件かもしれないし、最近元気のない部下についてかもしれないし、プライベートでの問題についてかもしれない。米ハーバード大学のマシュー・キリングワースらは、「仕事時間全体の約50%の時間において、人々は目の前の仕事から注意がそれている」ことを明らかにしているが、仕事中の「注意散漫」はそれだけ身近な出来事だ。

 ほとんどの職場では、注意散漫は好ましくないと考えられてきた。会議において、部下が明らかに別のことへと意識を向けていると分かれば、それをはっきりと戒めたり、口には出さずとも評価を下げたりすることもあるだろう。

 しかし、近年の経営学の研究では、「気が散っている時こそ、クリエーティブなアイデアが生まれる瞬間である」という主張がなされている。一体、どういうことだろうか。

「三上」と重なる最新の研究成果

 余、平生作る所の文章、多くは三上に在り。乃(すなわ)ち馬上・枕上(ちんじょう)・厠上(しじょう)なり。

 これは中国・北宋の文学者・政治家の欧陽脩の『帰田録』に記された言葉としてよく知られている。その意味は「文章を考える際に最も適切なのは、馬に乗っているとき、布団に入っているとき、トイレに入っているときである」ことを示す。3つの状況は古来、「三上」と呼ばれており、クリエーティブなアイデアが生まれる代表的な場所とされている。

 三上には「外部の刺激に邪魔されない」という共通点がある。例えば、馬を乗りこなすことに必死になっている人にとって、馬上は三上として機能しない。外部の刺激から切り離され、純粋な形で思いにふけることができるからこそ、創造性をいかんなく発揮できるようになる、といった具合だ。

 米ケント州立大学のアスリ・アリカンらの研究は、外的な情報や刺激からの解放が創造性発揮のスタートラインとする点で、三上と重なり合っている。最先端の経営学と中国の古典が同じ結論を導くのは非常に興味深い。

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