シルプザンド氏らは「睡眠不足の社員が上司の期待に応えられなくなる」理由を、最新の脳科学を活用しながら説明する。

 睡眠の質悪化は、脳の前頭前皮質に影響を与えることがこれまでの研究から分かっている。前頭前皮質とは、計画立案や問題解決といった複雑な思考プロセスをつかさどるとされる。上司にエンパワーされた社員は、自律的に目標を設定し、その達成に向けた計画を自主的に検討し実行することになる。一連の行動を効果的に進めるためには、前頭前皮質が担う複雑な思考プロセスをフル活用する必要がある。だからこそ、睡眠不足で前頭前皮質の活動が弱まっている社員は上司の期待に応えられなくなる、とシルプザンド氏らは主張する。

 エンパワーメントがうまく進んでいない場合、その原因が部下の睡眠不足にあると気づくケースはほとんどないだろう。むしろ「上司のエンパワーが足りない」「部下の能力不足だ」「うちの組織文化に合わない」などが原因として指摘されるに違いない。エンパワーメントに慣れていない部下は突然、「自律的に考えて動くように」と言われても、大きなストレスにさらされる。それが睡眠不足につながれば、上司のエンパワーメント型のリーダーシップが部下のエンパワーメントの実現を妨げることになりかねない。

 睡眠の質の影響は、仕事や職場を超えた範囲でも影響を持つことが分かっている。

 米イリノイ大学のイーハオ・リウ氏らは17年の論文において、仕事のストレスと暴食の関係に睡眠が影響を与えることを明らかにした。多くの人が予想するように、処理しきれない仕事量を任されたり、顧客から理不尽なクレームを言われたり、といったストレスの多かった社員はその日の夜に暴食しやすくなることが確認された。今回の研究のポイントは、こうした社員の中でも、前日の夜の睡眠の質が悪かった社員が、より暴食しやすくなることを明らかにした点にある。私たちが夜食べ過ぎてしまう原因の1つは仕事のストレスにあるが、その量や頻度は睡眠の質によって変わってくるのだ。

睡眠の質と暴食の関係
睡眠の質と暴食の関係
例えば、処理しきれないほどの多くの仕事量を任された日の夜、睡眠の質が悪い社員の方が暴食してしまう傾向が強い。リウ氏らの論文を基に宍戸准教授が作成

寝る前のスマホは睡眠の質にとって好ましい?

 では、睡眠の質は何が左右するのだろうか。よくやり玉にあげられるのは、「寝る前のスマホ」だ。実際、英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのハイヤン・リウ氏らは21年の論文において、「夜のスマホ操作は夜更かしにつながるため、結果として睡眠の質が悪化する」ことを明らかにしている。

 驚くべきなのはここからで、同じ研究から「寝る前のスマホが睡眠の質の改善させる」可能性を示すエビデンスも同時に明らかになっているのだ。カギとなるコンセプトは「心理的ディタッチメント」だ。

 心理的ディタッチメントとは、分かりやすく言えば「仕事のストレス回復のためには、仕事から物理的に離れるだけではなく、心理的にも離れる」ことを指す。リウ氏らによると「寝る前にスマホを見ることで心理的ディタッチメントが促され、仕事のストレスを忘れられるようになると、質の良い睡眠につながる」ことが研究から明らかになった。つまり、仕事で起きた嫌なことをベッドの中で考え続けているくらいなら、スマホでSNS(交流サイト)や動画、漫画などを見て、仕事をさっぱり忘れてから寝た方が好ましいのだ。

 「寝る前にスマホを見ている間は、それに集中し没入すべきだ」という分析結果も確認された。「こんな夜遅くまでスマホを見ているのは良くないことだ。早く寝ないといけない。でもやめられない」と考えながらSNSを見続けることは、さらなるストレスを生み出す。このストレスは睡眠の質をいっそう悪化させる。「寝る前のスマホは睡眠の質を悪化させるので、やめるべきだ」というアドバイスがストレスの源になり、その結果、スマホが実際に睡眠の質を下げるというのは皮肉なことだ。もちろん、就寝前のスマホはリウ氏らの調査が示すように寝不足につながるだけでなく、目に良くないなど様々な問題があるため、全面的に推奨されるものではない。あくまでも程度の問題として考えるべきだろう。

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