ビジネスパーソンが持っている力を発揮するには、しっかりした睡眠が欠かせない。経営学は経営にまつわるすべてのことを扱う以上、睡眠も重要なテーマの1つになる。世界の研究の最前線では「寝る前のスマホ」「夢占いの効果」などについて、いろいろなことが分かっている。

まず注目すべきは「睡眠の質」だ。これまでの研究から、どんな睡眠を取ると仕事のパフォーマンスに大きな影響を与えるのかが分かっている。米保険大手ステート・ファームのブレット・リトウィラー氏らは2017年の論文、アラブ首長国連邦(UAE)のザイード大学のアレクサンドラ・ヘンダーソン氏らは21年の論文によってそれぞれ、メタ分析(過去に行われてきた複数の研究全体を対象に行う分析で、高い信頼性を持つとされる)を通して、「睡眠の質の低さは、仕事での認知能力や気分、熱意、職務満足、パフォーマンスなどを悪化させる」ことを示した。
この分析結果はそれ自体、極めて常識的であり多くの人の実感通りでもある。このため、驚くような発見ではない。問題はその先だ。ビジネスパーソンは「質の悪い睡眠は問題を生じさせる」ことを理解しているからといって、「自分が職場で日々直面している問題の原因が、睡眠の質の悪さにある」と気づけるとは限らない。
最新の経営学ではむしろ、「実際には睡眠の質が原因となっているのにもかかわらず、多くの人はそれに気づいていない」ことが分かってきた。つまり、職場で悩んでいる場合、その原因を組織体制の在り方や人間関係などから捉えがちだが、実は「眠りたいのに眠れない、何度も夜中に目が覚める」といった睡眠不足にあるかもしれないのだ。エビデンス(科学的証拠)に基づく研究成果が重要なのはこうした思いがけない視点を提供する点にある。職場によっては、今すぐ間違った原因に対処し続けるのをやめ、本当の原因である睡眠の問題に向き合う必要がある。
上司と部下の問題も、睡眠不足が原因かもしれない
米インディアナ大学ケリー・スクール・オブ・ビジネスのクリスティアーノ・ガラナ氏らは17年の論文において、睡眠不足が上司部下関係に与える影響について調査。分析の結果、「睡眠不足の上司は、職場でイライラしがちになり、上司部下関係が悪化する」ことを明らかにした。ここまでならば、やはり常識的かもしれない。ポイントはやはりこの先にある。
ガラナ氏らの分析結果で興味深いのは、この傾向について「部下も上司自身も気づいていない」という点だ。部下から見ると上司が「明らかに感じが悪い振る舞い」をしているのに、上司自身は「通常通り働いている」と思っていた。睡眠不足は自己認識力をダウンさせるのだ。
一方、「感じの悪い上司」と接している部下も、それが上司の睡眠不足のせいだとは思わなかった。これは心理学が示す職場のバイアスから説明できる。人は「相手の行動の原因を相手自身にある」と思いがちなバイアスを持っている。このため、イライラをぶつけてくるような上司の行動を見た部下は、睡眠不足という「外」の原因ではなく、人格や性格といった上司の「中」に原因があると考えがちになる。その結果、「上司は人として嫌な奴だ」としがちになるのだ。
睡眠が職場の課題の原因であることが見落とされるのは、部下の睡眠不足のケースも同様だ。米オレゴン州立大学のポーリーン・シルプザンド氏らは18年の論文において、「上司が仕事を部下に任せるエンパワーメント型のリーダーシップを発揮したとしても、部下が良い睡眠を取っていないと、その効果が小さくなる」ことを明らかにした。

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