「売り手によし」「買い手によし」「世間によし」と呼ばれる「三方よし」の考え方は、江戸時代から滋賀県を本拠地とする近江商人が実践していた経営理念だ。株主へ過度に偏り過ぎた株主資本主義への見直しが進み、社会や従業員など多くのステークホルダー(利害関係者)を重視する「ステークホルダー資本主義」や、ESG(環境・社会・企業統治)やSDGs(持続可能な開発目標)が浸透する中、「三方よし」はこうした考えに親和性がある。世界に先駆けて三方よしを実践してきた近江商人の姿とは。

「三方よし」を生んだ近江地方(滋賀県)の商店(写真:PIXTA)
「三方よし」を生んだ近江地方(滋賀県)の商店(写真:PIXTA)

 「売り手と買い手の売買当事者のみならず、世間を見たことに近江商人の先進性があった」

 こう語るのは、近江商人の研究を続ける滋賀大学の宇佐美英機・名誉教授だ。宇佐美氏によると、近江商人の考えていた世間とは、「地縁、血縁、職縁など、自分との人間関係を結んでいる領域」であり、利益至上主義、不実な商いをすることなどは家訓や店法で戒められていた。それらを順守する形で、近江商人は縁で結ばれた人たちに対し、寄付行為などを通じた財的支援を積極的に行ってきた。

 例えば、江戸中期1700年代に活躍した初代中井源左衛門は「金持商人一枚起証文」という家訓の中で、勤勉・倹約・正直・堅実をうたい、「陰徳善事」、つまり目に見えない形で人のためになることをするよう記している。

 これをグローバル化が進んだ現代風に解釈すると、「世間」は社会に置き換えられるだろう。企業は、自分だけ利益を上げていればよいのではなく、従業員(売り手)や取引先(買い手)などに加え、地域社会、もっといえば地球(環境)への貢献を考えなければならないということにほかならない。これは、今のESGやSDGsの考えに通じる。

「世間を見たところに近江商人の先進性がある」と語る滋賀大学の宇佐美英機名誉教授
「世間を見たところに近江商人の先進性がある」と語る滋賀大学の宇佐美英機名誉教授

番付で社会貢献度を重視

 江戸時代から社会貢献を重視していた近江商人。その証左となるものがある。

 財力や老舗かどうかを順位付けした近江商人の長者番付だ。1830~1848年ごろに作成されたとされる「湖東中郡日野八幡在々持余家見立角力」と題するその表には、名前の上に9種のマークが付いており、最高位は打ち出の小づちの絵に宝の字が印字されている。約220人中の名だたる商人のうち最高位は6人だけ。その1人に、日野(現滋賀県日野町)出身の正野玄三という商人の名前がある。

 最高位が付くのは、長年商売を続けていて、10万両以上を持っているような大富豪が多かったが、正野氏はこのときにわずか3000両ほどにすぎなかったといわれる。医学知識のあった正野氏は、薬を調合し、製薬卸業も手掛け、北関東にいる日野商人を通じて販売していった。その薬によって多くの人の命を救ったこともあり、「正野氏抜きに日野商人はありえないと、別格の扱いだった」(宇佐美氏)

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