なぜ時間もコストもかかる新卒を今、採用するのか

 次に今回の事案について、マクロレベルの原因を考察する。一言でいうと、そもそも組織が新卒採用をすべきフェーズかどうかを見極められていなかったことが原因だろう。

 新卒採用はポテンシャル採用とも呼ばれ、基本的にはスキルも知識もない新卒学生を採用し、自社でじっくり育てていくという戦略に基づいている。中途採用と異なり、何も知らない真っ白な状態で入社するため、前の組織の慣習や文化をアンラーニング(学習棄却)する手間が省ける一方で、戦力化までに時間がかかる。その間、売り上げや利益に貢献しない人材を組織が抱えられるか、が問われる。

 組織には成長フェーズがある。例えば、経営学者のラリー・E・グレイナーが提唱する「組織ライフサイクル」によれば、組織の成長段階は5段階に分かれるとされる。第1段階は、最初期の組織で人数も数名程度から始まる。リーダーが現場で直接的に指示を出し、まだほとんど明文化されたルールはない状態だ。そのため、事業や経営に関する意思決定も非常に柔軟に行える。スタートアップ企業などはまさにこのフェーズに該当するだろう。

 このフェーズではまだビジネスモデルを模索している段階であり、安定した「勝ちパターン」はなく、財務基盤も脆弱だ。

スタートアップの新卒採用は組織の成長度を鑑みて、慎重に行うべきだ(写真:PIXTA)
スタートアップの新卒採用は組織の成長度を鑑みて、慎重に行うべきだ(写真:PIXTA)

 「あるべき組織の形は事業戦略に(合わせて)最適化すべき」という経営学の原則の通り、ビジネスモデルが変われば、採用で求められる人材像も変わる。

 大量内々定取り消しの問題を起こしたBluAgeは18年に設立されたスタートアップであり、ビジネスモデルや経営環境もまだ不安定なフェーズだったのだろう。仮に大手企業の社内ベンチャー制度を基に作られたジョイントベンチャーなどであれば、万が一経営の悪化で新卒を抱えることができなくなったとしても、親会社やグループ会社での受け入れを頼ることができただろうが、独立系のベンチャー企業ではそれも難しいだろう。

組織の成長フェーズに合わせて採用も変化させる

 正社員の採用活動は、即戦力採用と呼ばれる中途採用と、ポテンシャル採用と呼ばれる新卒採用の大きく分けて2種類があるが、組織の成長フェーズに合わせて両者の採用比率は変えていくべきだ。あるSaaS系ベンチャー企業では、組織の規模が創業当初の3人から80人になるまでの4年間、新卒採用は全くせずに、中途採用で業界経験者のみを採用していた。 

 ベンチャーやスタートアップの立ち上げ当初は、固まったビジネスモデルも文化もまだない状態で、人員の入れ替わりも激しい。この企業ではビジネスモデルが固まってきた5年目から新卒を年間1~3人ずつ採用し始め、事業基盤が形成できた現在では年間15人程度の新卒を採用している。元々、会社を担う次世代の幹部候補探しとしての新卒採用を重視していた経営者は創業当初は新卒を採用せず、育成のコストや社内のキャパシティーを見定めながら慎重に中途採用から新卒採用にシフトしていった。

 確かに同じヘッドカウント(採用可能数)であれば、人件費は中途よりも新卒の方が圧倒的に安いだろう。しかし、真っ白な何も知らない新人にとって、最初の会社で誰とどう働くかはその後のキャリアに少なからず影響を与える。このことを踏まえると、きちんと育てられる環境と覚悟を持って新卒採用を行うのが、企業側に求められる社会的責任といえる。

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