憲法改正の機運が高まっている。ロシアのウクライナ侵攻の影響から、このところ日本の防衛力を強化すべきだという論も目立つ。歴代首相の憲法への向き合い方を改めて振り返りながら考えてみよう。

岸田文雄首相の在任中の改正に賛成の声が強まっている(写真:共同通信)
岸田文雄首相の在任中の改正に賛成の声が強まっている(写真:共同通信)

 先ごろ行われた毎日新聞の世論調査によれば、岸田文雄首相の在任中の憲法改正に賛成が44%で、反対の31%を上回っている。夏に行われる参院選では、憲法改正を掲げてきた自民党が勝つ公算は大であり、野党は参議院をどうすべきかについて、構想すらまったく持っていない。

 自民党が勝てば憲法改正への動きがいよいよ出てくるが、事はそう単純には進まないと僕はみている。憲法改正に対して自民党内は一枚岩ではない。積極的な声もあるが、僕が聞いているところでは、元幹事長の二階俊博氏は非常に慎重だ。若手の小泉進次郎氏も慎重派である。また、石破茂氏は、憲法改正を必須と考えているが、極めてむずかしいという認識を持っている。ある閣僚経験者は担当する人材が不足していると指摘。連立与党の公明党も慎重派である。

 一方、憲法改正の焦点の一つとなる安全保障については、自民党内からは防衛費を現在のほぼ倍、GDP(国内総生産)の2%にすべきだという提言が出ているし、米国と核兵器を共同運用する核共有論まで浮上した。これらの意見も、さまざまな形で今後の憲法論議に関係してくるだろう。

「日本人の体に合った服」をつくらざるを得ない時代

 前回も述べたが、現行の日本国憲法と自衛隊の存在は矛盾している。だから戦後すぐの鳩山一郎政権、岸信介政権のときは憲法改正論議が行われた。ところが日本が安全保障を米国に頼るようになった池田勇人政権以降は改憲をあまり言わなくなった。

 僕は池田内閣時代に秘書官だった頃の宮沢喜一氏に、この矛盾を解消しないままにするのは国民をだましているのではないかと問うたことがある。すると宮沢氏は、憲法を服に例えてこう説明した。「日本人は、日本人の体に合った服をつくるのがとても下手だ。それで大失敗した」。押し付けられた憲法であってもその方が安全だというのである。これには目からうろこの落ちる思いがした。

 これは明治以降の歴史に対する痛切な反省からきている。明治時代に日本は欧州、特にプロイセンから学びながら大日本帝国憲法を制定した。しかし大正から昭和にかけての世界は、欧米がアジアを植民地化していく時代だった。日本は、植民地にされるか、欧米のように植民地をつくる側になるかという選択を迫られる。日本は後者になろうとするが、それには強国になる必要がある。必然的に軍が突出することになった。 

 まず日中戦争が起こり、やがて太平洋戦争へと拡大していく。日中戦争には近衛文麿首相も、満州事変を起こした人たちも皆大反対だったが止められなかった。

 近衛首相は日中戦争を終結させるため、さまざまな手を打とうとするが、うまくいかない。5.15事件や2.26事件は、政治家が軍に歯止めをかける力を失わせた。さらに欧州でヒトラーが台頭し、日本はナチス・ドイツと組む道を選ぶ。最終的には米国から、朝鮮半島や満州(現中国東北部)からの全面撤退を条件とする「ハル・ノート」を突きつけられ、日本はまったく望んでいなかった米国との戦争に突入する。その結果はご存じの通りである。

 宮沢氏は吉田茂内閣時代に訪米した際、米国に対して、あのような憲法を押し付けられたら日本が自国防衛をできるはずがない、ならば米国が日本を守るのが義務だと言って、米国による安全保障を取り付けた。

 またベトナム戦争時代に佐藤栄作内閣が、米国から自衛隊の派兵を求められて苦慮したときも、現在の憲法では不可能だと回避した。こうして日本は安全保障を米国に委ね、しかも憲法を逆手にとって、自衛隊が米国の戦争に巻き込まれないようにした。そして経済活動に専念し、奇跡と呼ばれた高度成長を実現した。

 太平洋戦争を知っている世代の首相、池田勇人氏から小泉純一郎氏まではこうした歴史を実感していた。このため、日本が「自分の体に合った服」をつくることに積極的ではなかった。

 ところがその後、米国の経済が衰え、当時のオバマ大統領は、米国は世界の警察官をやめると言い出した。続くトランプ大統領はさらなる自国中心主義を打ち出した。日本は安全保障を米国に頼れなくなったのである。今の日本は、危険ではあっても、「自分の体に合った服」をつくらなくてはならないという大問題に向き合っている。 

次ページ 民意への迎合は危険だ