1月末で、この連載を始めて1年になる。初回から一貫して重視してきたのは「ファクト・ベースド」であることだ。コンサルティングファームは、1940年代にマッキンゼーが「ファクト・ベースド・コンサルティング」を発明して、業界として大きく発展したという。世の中の言説が必ずしもファクトに基づいているわけではないからこそ、ビジネスとして成り立っているのだろう。今回は年初の原稿でもあり、初心を思い出す意味も込めて、「データで解き明かす」ということの背景について論じてみたい。

(写真:PIXTA)
(写真:PIXTA)

 コロナ禍において話題を集めているものに、テレワークによる住まい選びの変化がある。例えば「湘南に引っ越してテレワークをする人が現れている。今後は郊外への住み替えが広がる」といった主張があるが、本当だろうか。

 「湘南に引っ越してテレワークをしている」という事例は、一個人の経験にすぎない。それを一般化・普遍化する論法を、極端な事例による構成「ECF(Extreme Case Formulation)」という。まだ日本では一般化していない用語だが、簡単に言えば個別事例の安易な一般化である。

 個別の空き家の行政代執行の事例をニュースで取り上げて、空き家問題が深刻化していると報道することもECFの典型例だろう。実際には、空き家の行政代執行は全国累計で300件に満たず、個別事例にすぎない。

 さらに、かぼちゃの馬車問題で経営破綻した賃貸オーナーが集団訴訟を起こした事例を基に、賃貸経営は危険だと断定するのもECFだろう。住宅・土地統計調査によれば、現住居以外に貸家用住宅を所有する世帯は約122万世帯あるとされており、賃貸経営の多くは破綻していないというのが事実なのである。

 こうした表現手法は、メディアだけでなく多くの場面で見られ、注意が必要だろう。もっとも、学術研究でも特定の分野では個別事例の収集に力を入れ、その個別事例があたかも社会全体の問題であるかのように主張することもある。しかし、本来は、全体の傾向を判断できるだけのデータと事例を集め、その中から説明に適した事例を抽出すべきなのであって、ECFは順番が逆なのである。

「タワマン廃虚化」は論理の飛躍だ

 「タワーマンションの大規模修繕費用は巨額であり、いずれ破綻して廃虚化する」などという主張もある。実際にタワマンが廃虚化した事例はいまだ1つもないのに、価格が暴落するといった記事も散見される。

 確かにタワーマンションの大規模修繕費用は、1戸当たりで計算してもタワーマンション以外より高いようだ。しかしタワマン居住者の年収は比較的高く、修繕積立金が集まらずに大規模修繕ができなかったという事例はいまだない。さらに、大規模修繕のコストを最低限に抑えるとどうなるか、工事間隔を延長すればどうなるかといった廃虚化を回避する手段についても十分に検討されているとは言えず、廃虚化すること自体が確定的な未来ではない。

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