そもそも広がっていない地方への移住

 最もリスクが低い“田舎暮らし”を実現する方法は、自分の出身地に戻ることだろう。周りは自分が昔から知っている人たちで、地域の事情もよく分かっているから、なじむことは難しくないかもしれない。しかし、自分だけが移住するならいいが、家族も一緒となると必ずしもなじみやすい場所になるとは限らない。また、都会で生まれ育った人には、そもそもそういったいわゆる“田舎”は存在しない。そして、都会に暮らす人々がイメージする田舎暮らしには、典型的なパターンがある。都会的な適度に距離感のある人間関係を前提として、“自由気ままに暮らす”田舎暮らしである。

 しかし、多くの田舎では自由気ままな暮らしは、地域の秩序を乱すことになる。田舎では地域の共同体としての義務、例えばお祭りへの参加、清掃作業、町内会活動などがあり、とても自由気ままな生活とはならないことが多い。そして、この(移住者から見れば小さな)意識の差が、様々な問題を引き起こす遠因となる。

 こうしたことを考えると、暮らしやすくリスクの低い“自由気ままな田舎暮らし”ができる場所はかなり限られてくる。例えば、都会からの移住者が多い場所では、昔からの地域社会と移住者のコミュニティーが分離されていることが多い。軽井沢や那須といった定住者の多い別荘地の人気が高いのには、こういった理由があるのである。

 一方、子育て世帯の場合には、地域社会と距離を置くことは難しい。学校コミュニティーは地域が中心になっているためである。同時に、子供にとって移住は大きなストレスになることも認識する必要がある。自然豊かなゆったりした時間の流れる環境で子供を育てたい、というイメージがあるかもしれないが、それが子供にとって良いことだという明確な根拠があるわけではない。

 コロナ禍で「言われてみれば田舎暮らしもいいかもなあ」という雰囲気が醸成されているのは事実だろう。東京都の人口が減少に転じた、という話題もそれを助長している。しかし実態は違う。総務省の「住民基本台帳人口移動報告」によると、東京都の人口が減少しているといっても、その絶対数は多い月でも4000人程度。約1400万人の人口に対する比率は0.03%程度にすぎない。そして、3月は約4万人、4月にも約4000人の増加となっており、年間でみれば人口が増加し続けていることに変わりはない。

 さらに範囲を広げて1都3県全体で見ると人口の増加傾向に変わりはなく、東京からの人口流出の多くは神奈川県・埼玉県・千葉県が移動先であることが分かる。こうした傾向は、08年のリーマン・ショックの時と11年の東日本大震災の時にも観察されている。今回の東京都から周辺への人口移動も、テレワークによるものというよりは、収入が減少するなどして生活費の安い地域へ移動する必要に迫られたという、経済的理由によるものが多いと考えるべきだろう。

 筆者が企画・設計して20年9月に全国2120人を対象に行った「新型コロナウイルスによる意識変化調査」では、以下のような結果が得られている。

  • コロナをきっかけに郊外への引っ越しを考えている:8.9%(テレワーク経験者に限ると19.7%)
  • コロナをきっかけに地方への引っ越しを考えている:8.9%(テレワーク経験者に限ると14.9%)
  • コロナをきっかけに2拠点居住を考えている:8.4%(テレワーク経験者に限ると16.9%)

 確かにコロナ禍で移住への意識が高まったのは事実だ。しかしそれは、大企業のホワイトカラーに多い(そして、地域でいえば首都圏在住者が圧倒的に多い)、テレワークができる人々に限られたものと考えるべきだ。結局、メディアや一部の有識者があおるほどには人々は移動していない。

 仕事の合間に“夕日を見ながらリラックスしている、田舎暮らしの自分”を想像するのは確かに楽しい。しかし、実行に移すのが容易ではないことは心得ておくべきだろう。

この記事はシリーズ「データで解き明かす不動産の真実」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。