東京都内でシステム会社に勤務する五十嵐早苗さん(仮名)は、新型コロナウイルスの感染が拡大した昨年春以降、自宅でのリモートワークが続いている。通勤地獄からは解放されたが、悩みの種がある。社内のオンライン会議だ。
「本棚にある赤い帯の本は何?」「今日の服装、カジュアルすぎない?」。オンライン会議での上司による何げない一言がストレスに感じるようになった。話題を変えてその場を何とかしのいでいるが、プライベートにかかわる質問が続いた。日に日に「社内のオンライン会議に出るのが憂鬱になっていった」という。
在宅勤務でリモハラに悩む会社員が増えている(写真:PIXTA)
対策は打った。ビデオ会議の時には背景を変更することで、室内についての話題はシャットアウトできた。だが、髪形や服装はどうしても映ってしまう。「本当は顔出しするほうがいいんだろうけど。プライベートにかかわることに触れられたくない」と、現在では社内でのオンライン会議ではカメラ機能はほぼ「オフ」にするのが当たり前になったという。
コロナ禍で「リモハラ」が続々
五十嵐さんだけではない。日本では現在、「リモハラ」が社会問題になりつつある。「リモートハラスメント」の略だ。コロナ禍でリモートワークが急速に広がったことで、新たに市民権を得つつあるハラスメントである。
読者の多くは、唐突にリモハラなんて言われても正直ピンとこないかもしれない。そもそもリモハラとは、どういったハラスメントなのか。
一言で説明すれば、リモートワーク時に起こるハラスメントを指す。「業務中に起きるという点では、パワハラ(パワーハラスメント)とセクハラ(セクシュアルハラスメント)のいずれかに当てはまる」とハラスメント対策専門家であるダイヤモンド・コンサルティングオフィス(東京・港)の倉本祐子代表は指摘する。パワハラ、セクハラのリモート版、と考えれば分かりやすいだろう。
リモハラが注目され始めたのは、2020年4月の緊急事態宣言直後のタイミングからだ。ツイッターなどSNS(交流サイト)上で、リモートワーク中の上司からの会話などのコミュニケーションについてのハラスメントを訴える投稿が相次いだ。
実際、リモート環境下での上司とのコミュニケーションに悩む声は多い。ダイヤモンド・コンサルティングが2020年5月に実施した調査では、リモートワーク時の上司とのコミュニケーションにストレスや不快感を覚えた社員は約8割にもなった。自由回答を見てみると「やたらとウェブ会議をやりたがる」「仕事をサボっていないかいちいちチェックしてくる」といった声が上がったという。
約8割が上司とのリモートでのコミュニケーションにストレス(出所:ダイヤモンド・コンサルティングオフィス、2020年5月にテレワーク業務で上司とコミュニケーションを取っている会社員110人を調査)
すべてが法的なハラスメントに該当するわけではないが、リモートワークに付随する一連の上司の過剰な干渉がリモハラだと感じさせているようだ。このアンケートでは社員の46%が「常に仕事をしているかの連絡や確認」を、40%が「オンラインでのプライベートに関する内容の質問」を経験しているという結果になった。
もっとも、リモート業務にストレスを感じるのは部下だけではない。管理職を対象にしたアンケートでは、5割超の管理職がリモート下で部下とのコミュニケーションに悩んでいるという結果が出たという。部下との「距離感」(56%)や「指示出しタイミング」(49%)というリアルの場であれば問題にならないような悩みが並ぶ。
上司もリモートでのコミュニケーションに悩む(出所:ダイヤモンド・コンサルティングオフィス、2020年5月にリモートワークで部下とコミュニケーションを取る会社員109人を調査)
あるIT大手で管理職を務める並木洋二さん(仮名)はこう悩みを打ち明ける。「会社からはリモートワークだからコミュニケーションを強化しろと言われるけど、部下から『ハラスメントだ』を思われないかと思い指示を出しづらい」
リモハラに悩む上司と部下。目下、日本では東京など都市部を中心に2度目の緊急時代宣言の真っただ中だけに、リモートワークの長期化は避けられない。企業にとってリモハラ対策は喫緊の課題といえる。
急な在宅勤務によるストレスが一因
だが、ここである疑問が湧いてくる。先に紹介した通り、リモート下でのパワハラ、セクハラであるならば、そもそも管理職は十分に注意するのが当然の責務で、なぜそれができないのか。
特にパワハラは、昨年6月に対策強化を義務付ける改正労働施策総合推進法が施行されたばかり。企業にとって対策は待ったなしの状況といえる。ハラスメント対策が進む中でなぜ、リモハラは急増しているのか。
理由の一つが、職場環境の急速な変化だ。企業研修を手掛けるSOMPOリスクマネジメントの松原真佑子・上級コンサルタントは「コロナ禍の急速なリモートワーク導入で多くの会社員がストレスを感じており、ハラスメントが起きやすい環境になっている」と指摘。リクルートキャリアの藤井薫HR統括編集長も「リモートワークの急速な浸透、頻度のバラツキなどがリモハラの温床になっている」と語る。
上司にとっては、リモートに伴う業務管理への不安が生じているうえ、ビジネスチャットやビデオ会議システムなどのITツールに不慣れといった点もリモハラを引き起こしやすいようだ。「どうしてもチャットなどテキストのコミュニケーションでは、リアルでの会話に比べてきつく受け止められてしまう」とSOMPOリスクマネジメントの梶尾詩織・上級コンサルタントも続ける。
さらに大きな壁となるのが世代間のギャップだ。ダイヤモンド・コンサルティングが昨年11月に実施した調査では、「上司がテレワークの際に会議で顔出しすることを強要すること」や「チャット上で『サボらず、きちんと仕事をしているのか』と言うこと」をハラスメントと捉えるかどうかについて、部下世代の20代は上司世代の50代に比べてそれぞれ15ポイント以上高い結果を得たという。「同じ行動・対応でも世代間でギャップがあることは認識する必要がある」と倉本代表は指摘する。
世代間で意識に差がある(出所:ダイヤモンド・コンサルティングオフィス、リモートワークを実施しており上司・部下がいる20代から60代の会社員1091人を調査)
リモートワークが普及して1年弱というタイミングだけに、従業員が企業をリモハラで訴えるという裁判は起きていないもよう。だが今後も、リモートワークが続くようであれば、「訴える社員が出てきてもおかしくない」(法律事務所アルシエンの竹花元弁護士)。
ただでさえ生産性低下が懸念されるリモートワーク。リモハラが常態化すれば、社員のモチベーション低下に拍車がかかり、事業にさらなる支障が出かねない。次回の連載では、リモハラ対策へ企業が取るべき対策を探る。
【リモハラについてのご意見募集】
[議論]Zoomなどビデオ会議、リモハラ防止にカメラはオン/オフ?
皆さんは、社内外とのビデオ会議の際、カメラ機能をオンにしますか? それとも、オフにしますか? カメラ機能のオン/オフとともに、上司や同僚からこんなリモハラを受けたといった体験談やご意見を、日経ビジネス電子版の議論の場「Raise(レイズ)」にお寄せください。
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