プリメーラは期待通りの良いクルマだったが、1998年に東名高速の渋滞最後尾で止まっているところに追突されて全損になってしまった。

 プリメーラに満足して次期購入候補など全く考えてない中で、偶然見つけたのがメルセデス・ベンツ500E、いわゆるW124型の実験車両としてポルシェの開発陣によって作られた特殊モデルだ。直列6気筒3リッターが前提で設計されたEクラスのエンジンルームを作り直してまで、当時開発中のSL500の5リッターV8エンジンを無理やり積んでいる。1992年早期製造のこの500Eが450万円で出てきたので、つい手を出した。まあクルマの出来の部分では大した意味があるわけではないが、1991年と1992年の前半に製造された500Eは、このころ潰れかけていたポルシェの救済のために、ポルシェの工場で生産されていたこともあって、好事家の間ではちょっと特別扱いされたりするのだ。

アジリティを高めることよりも、ダルにすることが本当の高速性能に寄与することをよく知っていた時代のベンツ。時速250キロを常用することを本気で考えたクルマだった。「ガキの遊びじゃないんだからさ」という声が聞こえてくる感じだった。
アジリティを高めることよりも、ダルにすることが本当の高速性能に寄与することをよく知っていた時代のベンツ。時速250キロを常用することを本気で考えたクルマだった。「ガキの遊びじゃないんだからさ」という声が聞こえてくる感じだった。

 別途整備費200万円を用意しての購入だ。新車価格1550万円のクルマを分不相応に安く中古で買うということはそういうことだ。

 スーパーセブンがいかに維持費が掛からなかったかを痛感させてくれたのが500Eだった。200万円は簡単に消えて、多分最終的には1000万円くらい維持費が掛かったのではないか。出版社にいた間は、苦しいながらもそんなことができる収入だったと今では思う。30歳そこそこの小僧の分際で、子会社の経営を任されて役員になっていたりしたのが大きいだろうが、独身親元で年収が580万円の環境だから無理が利いたということでもある。

 36歳で出版社を辞めて、契約社員での再雇用を挟みつつ、web媒体のビジネスニュースの編集長を務めたり、プロジェクトが崩壊して放り出されたりと諸々の浮き沈みを味わいながら、最終的にはやむなく自分で会社を立ち上げた。これが2008年のこと。その頃にはもう手元不如意で、スーパーセブンは車検を取ることもままならず、検切れのまま放置状態になっていた。

 そして、金食い虫の500Eもついに維持を断念。手放したのが確か2013年頃だったと思う。何しろ車検だけでも何もなくて40万円、2回に1度は100万円を超えた。そんなものを維持できるはずがない。まあ今にして思えばこういうバカなことをやって、クルマを理解していった。趣味だと思うと高いけれども、バカな散財をしてこそ身につくこともあり、それは今原稿を書いて暮らしていく上での授業料であったと思う。

 ということでこれ以来、実働車両を持たない生活が始まった。そして実家のガレージの都合で、ついに「乗らないクルマなら処分してくれ」と言われて、スーパーセブンを処分したのがその翌年。なんともしょっぱい話だが、金がなくてクルマに乗れなくなった。それは今でも続いている。都内の駅前の格安賃貸を見つけて住んでいるから、必要とあればカーシェアで用は済むし、クルマを買いたいのは山々だが、そのために借りる駐車場は月額3万円で、今のギャラではかなり厳しい。webに原稿を書いている限り無理だが、ここのところ、講演だの出版物の監修仕事だのが増えつつあるから、そのうちまたクルマのある生活に戻れるかもしれない。

基準の2台、スーパーセブンと500E

 さて、だいぶ行数を使ってしまったが、筆者にとってクルマのメートル原器となっているのは、これらの車歴のうち、スーパーセブンと500Eである。ではそれらの何がどうメートル原器なのかの本題に、遅まきながら進もう。

 まずはスーパーセブンについてである。スーパーセブンは、キレキレの辛口スポーツカーだと思われている節がある。快適性についてはその通りかもしれないが、運動性能については実は意外なことにそういうものではない。ここからは写真を参照しながら読み進めていただくと分かりやすいと思う。

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