「破壊的イノベーション」というパワー過剰ワード

 「日本は顧客が望まないオーバークオリティな製品に拘り、コロンブスの卵のように発想を転換し思い切ってシンプルなものづくりをした中韓の製品に負けた。これこそ破壊的イノベーションであり、常識に固執したがゆえの日本の敗北である」。

 というあたりがこの種の話の出発点なのだが、この「破壊的イノベーション」という言葉は、いささかパワーワード過ぎる。

 常識を捨てるのは難しい。なぜなら、価値判断の基準を失うことでもあるからだ。

 つまりこの場合、「破壊的イノベーション」が正しいと受けいれることは、「42万円でクルマを造れると信じる」ということであり「クルマのコスト構造を考えれば42万円で造れるはずはない」という判断は、古い常識、とされてしまう。しかし本当に常識を捨てて、これを信じていいのか?

 例えば「宏光MINI EVを契約すれば無料で進呈、かつ100万円があなたのものに」と持ちかけられたとしよう。これは常識で考えておかしい。絶対詐欺だと思うだろう。が、しかし、これですら「背景に破壊的イノベーションがある。詐欺だと思うのは常識にとらわれているからだ」という理屈に抗する術を持たない。

 「破壊的イノベーション」は物事の説明の方法としてあまりにも強力(というか、なんでもあり)で、何ならニュートンの第1法則だって、その論法で否定できてしまう。

 つまり、「破壊的イノベーション」という言葉が破壊するのは「論理的思考」である。であるから破壊的イノベーションだと説明されているものは、筆者は基本疑っている。

 ちょっと長くなるが、「古い(と思われがちな)常識」の話をしよう。

 日本の軽自動車は、ダイハツやスズキが戦後長きに渡り「1円、1グラム、1ミリ」を削る並々ならぬ努力を払って、造りあげて来た技術の結晶である。かつてイタリアのフィアットの総帥であったジャンニ・アニェッリ氏は、来日する度に、軽自動車を集めて試乗し、感銘を受けたクルマを本国に送って研究させていたという逸話が残っている。世界に冠たるコストパフォーマンスカーなのだ。

 そのダイハツもスズキもいまだ42万円のBEVを出せていない。これも「破壊的イノベーション」がないからだ、ということになるのだろうか。しかしながら、この日本の軽自動車をコストパフォーマンスの基準として置けないのであれば、もうモノサシは何もなくなってしまうので、筆者はこの基準を手放せない。その上で以下を読んでほしい。

 現在最廉価な軽自動車は、ダイハツ・ミライースの78万2000円(税別)。スズキ・アルトが85万8000円(税別)。アルトは最廉価モデルがマイルドハイブリッドなので、恐らくこの装備がほぼ両車の差額と見て8万円弱。どちらも日本の法規対応のため、6エアバッグを始め、衝突軽減ブレーキなど各種装備が付帯しているため、これらを全部取り外して、10万円。エンジンとCVTが20万円とすると、動力レスの状態でも50万円弱にはなる計算だ。

 筆者が見た限り、宏光MINI EVのバッテリーとモーターは先進国では見られないチープさなので、ちょっと見積もり難いのだが、仮にものスゴく安かったとしても先例に挙げたスズキのマイルドハイブリッドの装備よりは高いはず。なので10万円としても60万円台にはなるはずである。

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