ガードレールとの距離が分かるクルマ、分からないクルマ
廣瀬:最初に感じたのは、今の2世代前のBMW320でした。例えばアウトバーン。あそこでのクルマの真骨頂は、2.1メーター幅に規制された工事中の追い越し車線をずっと走り続けられるかどうか。狭い車線の中で、拡張身体的なその感覚を持ってガードレールまで5センチまで近寄れるか、直感的に分かるクルマと、30センチはマージンを取っておかないと危ないクルマがあるんです。「もうあの車線は走りたくない」というクルマと、そうじゃないクルマは何が違うんだろう、とか考えながら走っていました。
編集Y:すごい。そんなふうに違いが分かるんだ。
廣瀬:毎週マネジメントミーティングが、ケルンの近くのレバークーゼンというところであったので、往復200キロぐらい走ってミーティングに行っていたんですよ。その時使う3号線っていつもどこかで工事をやっていて、そういう場面に遭遇するんですが、「このクルマじゃ、ここはもう怖くて追い越し車線を走れないな」とか、「うちのクルマもまだまだだ」とかですね。
じゃあ、そのガードレールとの距離って人間はどこで感じているんだろうとか、思うじゃないですか。
池田:思いますよね。
廣瀬:それは、Aピラー(屋根と車体を繋ぐ柱、運転席から見える左右の窓枠に相当)の作りであったり、ある部分の見切りの位置であったり、ミラーとかの付け根の位置であったり、結局、視野角と見えるところとで決まるんだなと、体験から見出しました。今「オプティカルフロー」と言っていますけど、前から流れてくる風景の粒度がガーッと変わってきてどこかで切れる。その部分に着目したんです。
池田:廣瀬さんがここでおっしゃっている「粒度が変わる」って、多分ちょっと説明がいると思うのですが、例えば標識でも何でも、フロントガラス越しに遠くで見ているときは、はっきり見えるじゃないですが。だけど近づいて周辺視野で捉える頃には、もう映像がブレて流れてしまって、はっきり見えなくなります。その「見える」から「見えなくなる」へと映像の粒度が粗くなっていって、最後には視覚情報としての意味を失い、ただの「流れ」になる。それからピラーなりエンジンフードなりの影に「切れて」行く。そういうことをおっしゃっているわけです。
編集Y:へええ……。
廣瀬:その切れるところが前の方だと、横の距離感が掴みにくなる。人間の視野角の限界のところまで粒度の広がり方が見える状態になると、助手席側がよく分かる。さらに気付いたのは、それだけじゃなくて、何かの照準がいるんですよね、見切りの。自分の位置を知る上で対象物と自分の間に、ある物、そのもう1つのピボットがあることによって、視野の変わり目ができる。それがあると車幅が掴みやすくなる。
やっぱりメーカーによって、例えばメルセデスは、ドライバーの視界の中に入るインパネ(計器板)やボンネットのラインで真っすぐの線を作って、この照準と、例えばガードレールを合わせると、ぴたっと寄れるみたいなものがある。
BMWはAピラーのトリム(内張り)の面の構成が。フロントスクリーン(前面の窓)と、目を結ぶ線に沿った角度で内張りの面が作られていて、その断面をピラーの上から下まで変化させることで、クルマの動きを認識させやすくしているんです。
編集Y:え?
廣瀬:つまりピラーの内張りの角度に工夫があって、クルマの微妙な動きを、光の反射の具合の変化で反映させて「今、車体の向きが変わったな」というのを直感的に脳で感じさせるんです。
編集Y:ええっ、面白い! 電子デバイスを使わずに、人間の感覚に伝えることができるのか。

廣瀬:そういう情報によって人間は、クルマが実際に近づくより前に、あっ、今こう動いている、というのをおそらく感じているんですね。オプティカルフローと、ステアリングやペダルなどからの“手応え”と、あと、シートを通してお尻に返ってくるいろいろな感覚。
池田:総合的な情報ですね。
廣瀬:そういう、五感のモダリティー(様相性)で自分の動いている今の状態を感知している。五感なので音も非常に重要で、ほとんど無音にできるMX-30 EV MODELに人工音を付けているのは、五感の1つを失っちゃいけないでしょうということです。
窓枠、人間の座る位置、そしてシート。シートは本当に重要で、シートのレール剛性がちょっと変わるだけでもう全然変わりますので。
編集Y:へえ、としか言えません。
廣瀬:池田さんに、SKYACTIV-XのTPV(実験車)の試乗でドイツに来ていただいたことがありましたね。あのときに直前までXはキャリブレーション(微調整)をやっていたので、私は前日に車両運動性能のところの仕上がりチェックに入って、ちょっとプロパティーチェックをしたら、「これはダメだ」と(笑)。
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