ことのついでに蛇足を加えれば、このキャンバーとトー変化を徹底排除しようという考え方は、マツダ3やCX-30などの「スモールプラットフォーム」のリアサスに、トーション・ビーム・アクスル(TBA)が採用された際も主張されている。意地の悪い筋からは「ラージにはTBAを使うわけではあるまいし、その時マツダがどう説明するのか見ものだ」くらいのことを言われていたわけだが、蓋を開けてみれば、そこも見事に辻つまを合わせてきたことになる。

問題はそのメリットがあるのか、だ

 やっと理屈は分かった。問題は、「そんな常識外れのサスを採用したメリットは出ているのか?」だ。ああ、やっとこれで試乗時の話に入れる。

  確かに試乗当日ワインディングで試せた、速度上限、時速50~60キロ領域でのナチュラルさは見事だった。1区間だけとは言え東名も走ってみたが、そこから想像するに、これで東名高速の大井松田あたりの曲がりくねった区間を制限速度いっぱいで走ったら、素晴らしく良いだろう。ただその凄さはグイグイとアピールしてくるようなものではない。虫谷さんの言葉を借りれば「おはしでこんにゃくや豆をつまんだとき、自分の意識からおはしが消えるじゃないですか? ああいう自然さです」というもの、つまりとにかく平穏で、クルマの存在を忘れるようなフィールである。

 「おお、スゲぇ!」と人に言わせるようなものは、そこに不自然さがあるからだ。と、そういう、もはや哲学的とも思えるようなことを虫谷さんは言っているのだ。ただ、そういうアピールの薄いナチュラルさを味わうずっと手前で、走り出して路面のギャップを踏んだ瞬間にゴツゴツ感が伝わってしまうので、そこに意識を奪われて、速度が上がった領域でのナチュラルさに意識が向かない。自動車評論家の間で、CX-60の評価が今ひとつ煮え切らないのは、みんな入り口のトラップに引っかかってそこで考え込んでしまうから、ではなかろうか。

 我々の職業は不思議なもので、インプレッション(試乗)の時の記憶というのは結構生データのような形で残っている。だから「高速道路の上でナチュラルだったでしょ?」と言われてみると、走行中は全然意識していなくても、VTRを巻き戻したかのように、ああ、そうだったそうだったとなるのである。それは確かに良いものだった。ただし、クドいようだが、それと引き換えに低速で、明らかにそれとわかる突き上げが漏れなく付いてくる。これをどう見るかである。

 ぶん投げているように聞こえたら大変申しわけないが、許せるか許せないか、そこはもう個人の価値観である。担当編集Y氏は「ゴツンと来るのは分かりますが、池田さんが言うほど気になりません。普段CX-30に乗っている身としては、チクショー、乗り心地に値段分の差はあるな、と思います」と言っている。違う感想を持つ人ももちろんいるだろう。

 ただし1つ、マツダがまだ伝え切れていないことがある。低速時の突き上げ感と引き換えに、高速道路などの中高速旋回時にも大きなメリットがあるのだ。そして多分そのトレードオフ関係についてこれだけうるさく食いさがって説明を受けたのは、この記事の発表時点において筆者1人かもしれない。

 にしても、そこまでちゃんと説明せずに、乗れば分かる式で乗せたマツダの落ち度はやはりあると思う。

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