だいぶとっ散らかったので、一度頭を整理しよう。

 タイヤを直立させるために優れたサスであるダブルウィッシュボーンだが、そもそも上下のアームが不等長のダブルウィッシュボーンはアーム長の上下差によってわずかながらもネガキャンを発生させる仕組みを持ち、同時にハブの前後保持スパンを広く取る(ハブへのアームの接続点の幅を広くする)ことで、ハブの支持剛性を高めているはずである。そのためのダブルウィッシュボーンだ。

 マルチリンク化してそれにトーコントロールアームを追加して、積極的にトー角をコントロールしてやるとなると、もともとガッチリ動かないようにしたハブをアームで無理やり動かす仕組みになる。ジオメトリーに矛盾が発生するのだ。だからトーコントロールアームの能力を発揮するためには、慎重に計算して、せっかく苦心して高めたダブルウィッシュボーンの支持剛性を、トーコントロールアームが働けるように落としてやらなくてはならない。なんだかなぁ……。

 どうやってそれを実現するかと言えば、普通はハブにトーコントロールアームを接続するフロント側にブッシュを仕込んで、リンクで引っ張りたい分だけ、ゴマカシが可能な余地をつくってやることになる。それがダブルウィッシュボーンに対するマルチリンクのメリットである。とわれわれはこれまで説明を受けてきたのだ。

 そこを全部ピローボールでガチガチに位置決めしてしまったら、サスペンションは動けない。長さや揺動軸角度の異なるアームに由来する円弧の動きが矛盾を起こす。基本的には1点でしか辻つまが合わないのだ。

 と、ここで、また督戦部隊から以下のように朱が入った。

第3回 サスペンションの決定的真相は「自由度の法則」だ:その2[自由度の計算の仕方:ピンジョイントの拘束]

 こちらで、自動車評論家の福野礼一郎氏が「エンジニアに聞いた」話がおまけに出てきます。「マルチリンクはブッシュのたわみで逃げて動かす」と自分も書いたけど、そうではないと。全ピロ化しても理屈としてはちゃんと動くけれど、設計・製造がものすごく大変なので市販車には無理、という結論でした。「動かない」という表現を、ちょっと緩めてもいいのかもと思います」

 あー、どうしよう。福野さんの記事は大変興味深く読んだし、それはそういうものとしてプロの世界で確立されていることは理解した。のだけれど、筆者が読んだ限り、これは福野さんも「そういうもの」として、今までの知識や疑念を消して上書きインストールした感じに見える。例えるならば、全てのケタの数字の和が3の倍数だったら3で割り切れるみたいな話。自由度の計算方法、確認方法は確かに提示されていて、用は足りるのだけれど、なぜそうなるかのところは多分ブラックボックスのままなのではないか。実際コンピューター解析以前は無理だったとも福野さんは書かれているので、人間のバッファ容量の中で動きを想像するのは無理なのかもしれない。

 ということで、福野さんの解説で「お前違うぞ」と言われていることを書く。違うのかもしれないが今の筆者の理解ではこうなっていて、それのどこがどう違うのかは分からないので、分かる範囲で書くことにする。間違っていたらごめんなさいである。

 揺動軸の角度の差がある2本のリンクをそれぞれが描く軌跡の座標に矛盾なく動かすとしたら、いわゆるワッツリンクのような第3のリンクを組み込んで、座標の矛盾を解決する必要がある。ハブで言えば、ハブ自体がワッツリンクの働きをして、回転することで矛盾から逃げる仕組みを仕込まなくてはいけないはずだ。5本ものアームが変位量ごとに発生させる矛盾を解決できるリンクなんて設計できるものなのかどうか、その領域には筆者はもう付いていかれない。

 関係代名詞の節が5重に入った文章が言っていることを理解せよと言われているようなもので、脳のバッファがどうあがいても足りない。座標の矛盾をどうやって解決できるのかが残念ながら腹落ちできない。ここは5本のアームで合成されるストローク過程の座標の移動軌跡を計算で出して納得できる人の世界の話にならざるを得ない。そして筆者も読者の多くもそれじゃ腹落ちできない人なので、もうこれはこのままにして、池田より詳しいプロの設計者がこう言っているのを福野さんが聞き出した記事があると紹介し、その先は池田の理解の範囲で書かせてもらいたい。その座標の話だ。

そのサスペンションはまともに動くのか?

 例えば、揺動軸が90度交差した2本のアームで構成されるサスペンションを想像してもらいたい。1Gのとき、それぞれX揺動軸とY揺動軸で揺動する2本のアームで支持できているハブは、少しでも動こうとすれば、アーム先端の軌跡の座標が食い違うことになる。だから何らかの撓みによって許容する分しか動けない。それは90度という極端な角度でなくとも同じことだ。異なる揺動軸角度を持つ以上、角度差によって矛盾の大きさは異なる。その矛盾量をうまく設計してやれば、ブッシュのコンプライアンスで吸収できる範囲においてサスペンションは動くことができる。そこからブッシュを取り去って、ごまかしのできないピローボールにしたら動かないのは当たり前。

 ゆえに、マルチリンクをピローボール化したらサスペンションは動かない。それこそがエンジニアに言われて筆者がすぐに頭に描いた疑念である。

 じゃあ、CX-60のサスペンションはどうなっているのかと言えば、5本のリンクのハブ側支持点5箇所を全部ピローボールにして、高剛性で支えた。けれどもそれだとサスペンションではなくなる。可動部がないのはリジッド以下である。まあすでに書いたように、ハブの回転で吸収できる分もあるのだが。

 だからマツダは、小さなハーシュネスを吸収させるために、5本のアームの車体側だけにブッシュを組み込み、ハブと5本のアームが一体になったまま、ブッシュが許容する分だけ動くようにした。車体側にブッシュを仕込んだのは、ハブ側にブッシュを持つよりも、位置決め強度が上げられるからだ。さらに個別のブッシュごとに歪まず、全体が動くので変化がシンプルになる。加えてリアサスが組み付けられたサブフレームとボディの間のマウントブッシュも入念に設計して、ここでもハーシュネスを逃がそうとしている。しかしながら、とにかく動かさないという方針とハーシュネスの問題はどうやっても対立する。だから低速領域の突き上げが消せていないのではないか。

 さて、だいぶ長くなった。明日掲載の後編で、一体マツダは何を考えてこんなへんてこなサスペンションを作ったのかの説明をしよう。

(後編に続きます→こちら

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