つまり車体全体のロール分をキャンセルするようにホイールを動かすにはどうしたら良いかを考えなくてはならない。色々いっぺんに考えるのは無理なのでまずはキャンバーだけに注目しよう。

ダブルウィッシュボーンの簡略図。図の例では2本のリンクが組み合わさって1本のアームを構成し、アーム2本がタイヤ(ホイール)を取り付けるハブに、上下から接続している。上側を「アッパーアーム」、下側を「ロワーアーム」と呼ぶ(この図版ではスプリング、ショックアプソーバーを省略してアームのみを描いている)
ダブルウィッシュボーンの簡略図。図の例では2本のリンクが組み合わさって1本のアームを構成し、アーム2本がタイヤ(ホイール)を取り付けるハブに、上下から接続している。上側を「アッパーアーム」、下側を「ロワーアーム」と呼ぶ(この図版ではスプリング、ショックアプソーバーを省略してアームのみを描いている)

 ダブルウィッシュボーンを例に取る。とりあえず保持剛性の話をひとまずおけば、この4本の棒が全て等長、平行に取り付けられたダブルウィッシュボーンは、パンタグラフと同じで、タイヤの初期角度は常に車体に対して同一に保持される。だから車体がロールしていくとそのロール角の分、対地ポジティブキャンバーが増加していく(タイヤが逆ハの字の方向に倒れる)ことになるが、それは困る。

 だから対地キャンバーを考えるのであれば、車体のロール角を常時キャンセルするように、ネガティブキャンバーを増やしていかなくてはならない。それをアーム長の差で付けてやろうと考えると。ロワーアームに対してアッパーアームを短くすることになる。ロールをすれば外側のサスペンションはストロークするので、アームは上方に押し上げられる。

アッパーアームとロワーアームが「並行・等長」だと、車体がロールして傾けばタイヤは上側が外に倒れる(ポジティブキャンバー)。アームを「不並行・不等長」にすることでこれを防止するが、物理的に限界がある
アッパーアームとロワーアームが「並行・等長」だと、車体がロールして傾けばタイヤは上側が外に倒れる(ポジティブキャンバー)。アームを「不並行・不等長」にすることでこれを防止するが、物理的に限界がある

 アッパーアーム長を30センチ、ロアアーム長を50センチ。仮に上下アームは初期値において平行で、上下の取り付けスパン差が20センチだと仮定する。

 この場合ロアアームは、50センチ半径の弧を描く、Z軸上(地面に対して垂直)で5センチスイングしたアーム先端の座標はX軸上(車両に対して左右方向)で約0.25センチ移動する。計算するには、斜辺50センチで高さ5センチの直角三角形の底辺の長さを斜辺から引いて求めれば良いことになる。対して30センチ半径でZ軸上5センチの移動によって発生するX軸上のアーム先端の座標移動量は約0.42センチ。ハブの取り付け点、上下20センチスパンで差分によって構成される角度は計算してみると約0.48度しか変わらない。

 何が言いたいかといえば、車両のスペースを勘案した現実的なサイズで構成されるダブルウィッシュボーンのアッパーアームとロワーアームの長さの差で、車体ロールの分を全部打ち消してやるのはほぼ不可能だということだ。単純にネガティブキャンバーを盛大に付けるという意味ではスイングアームの方がよほど大きな変化を起こしてくれるのだが、こっちは設計では何も制御できず、全てがロール任せになってしまって、それはそれで都合が悪い。というか昔GMがそういうサスのクルマを造り、事故が多発してアメリカで裁判になってボロ負けした。要するに危ないのだ。

 では、キャンセルしたい車体ロールはどのくらい付くのか。まあ諸々の状況によって当然異なるのだけれど、わりとロールしないようにクルマを造ったとしても、2度や3度は簡単に付く。ちなみに角度が何によって決まるかと言えば、車両側に限れば、バネ下重量を除いた車両重量と重心高さ、外的要因は横方向加速度である。横方向加速度は速度と回転半径に依存する。それらがロールを引き起こし、そのロールを規制するのは一義的にはバネの硬さである。ダンパーは過渡的には関係あるのだけれど、最終的には関係ない。むしろジオメトリカルなロール剛性の話は色々あるのだけれど、ここで持ち出すとどこまでも拡散して筆者的に都合が悪すぎるので割愛。

サスのスプリング、ショックアプソーバーから下が「バネ下」。図のリジッドサスペンションの場合は「アクスル(車軸)」や、この図にはないがアクスルに付属する重要かつ重量部品の「ディファレンシャルギア(差動装置、デフ)」も「バネ下」に含まれる。
サスのスプリング、ショックアプソーバーから下が「バネ下」。図のリジッドサスペンションの場合は「アクスル(車軸)」や、この図にはないがアクスルに付属する重要かつ重量部品の「ディファレンシャルギア(差動装置、デフ)」も「バネ下」に含まれる。

 さてさて、もうだいぶ分からなくなってきた人もいるかもしれない。が、そんなややこしい話を本当に記事で扱うのかと問いただした筆者に対して「読者は喜びますからガンガンお願いします」と言ったのは担当編集Y氏なので、苦情は彼にお願いしたい。

タイヤを立てておきたいなら別の手もある

 そもそもタイヤをなんで路面に対して立てておきたいかという基本に戻れば、タイヤに十全にその能力を発揮させるためだった。コーナリングの場合ならば、遠心力に対抗する求心力(旋回時にタイヤ、引いては車両をコーナーの内側に向かせる力)を発生させてくれることを期待しているからだ。けれども現実のサスペンションはいろんな物理制約で規制される。

 ロアアームの長さはどう考えても車幅の半分を超えられない。ロール角を相殺するだけのキャンバー角変化を導き出すのはアッパーアームとロワーアームの長さの差分だ。ロワーアームの長さの最大値が車幅で規制されている以上、アッパーアームを短くしたいが、どうやってもハブの取り付け面とシャシー側の強度が確保できる取り付け点までの最短距離を結ぶ長さは必要だ。単純な話、ホイールのオンセット長以下のアームには物理的にできない。大昔のホンダ・プレリュード(2代目)には、ハブのアッパー側取り付け点を象の鼻のように伸ばしてタイヤの上まで引っ張り出して、アッパーアーム長を短く取っていた変わり種があったが、今ではもうやっていない。

 ということで、諸々を考えると、物理的なアーム長に制約されて、先ほどの計算で証明した通り、とてもではないがダブルウィッシュボーンのままでは、車体ロール分を相殺するほどにはタイヤを立てきれない。

 しかし、旋回時に足回りが求めるものは求心力(古典的な話に限ればコーナリングフォース、昨今は駆動力で曲げたり、ブレーキで曲げたり例外が多くて話が簡単に進められない。ここも、せっかく諸々を避けて総合的な結果である「求心力」という言葉で選んで書いたところに、督戦部隊に「コーナリングフォースと同じことでしょうか?」と朱字を足されたので、そうじゃないケースを説明しなきゃならなくなったのだ)である。

 さて、気を取り直して求心力を出せばいいなら他にもアプローチがあるだろう? ということになって、利用されているのがトーインである。リアタイヤに1度くらいトーインが付けられると、これはもう前輪における操舵(そうだ)状態と同じなので、横力は極めて強くなり、ただタイヤを立てただけより大きな求心力が得られる。そこでダブルウィッシュボーンにさらにトーコントロールリンクを追加して、ロール時にジオメトリーアクションでハブを引っ張ってトーインを付けてやることにした仕組みが(普通の人が定義する意味での ──ココは後編への大きな伏線である── )マルチリンクサスペンション、というわけだ。

 ……というのは結構乱暴な話で、マルチリンクの定義には、ホントは仮想軸の話が出てくるのだ。ただ、どんどん教科書みたいになってしまうので、雑な説明で我慢していただきたい。いやまあ、今回の話の全てにおいて大ざっぱな言い方なのは認めるが、正確に書こうとしたら何文字あっても足りないし、イヤーな感じの計算式を持ち出さざるを得ないので、そこはご容赦願いたい。そこまで知りたい人は「車体ロール角 + 計算」とかで検索していただきたい。

トーインがコーナリングになぜ利くか、などを面白く解説した記事がありました。サスの形式はダブルウィッシュボーンではなくストラット、しかも他社(ホンダ)さんのページで大変恐縮ですが、よろしければこちら(「いいサスって何?ダブルウイッシュボーンがいいの?トーションビームはダメなの?」Vol.3 実はリアタイヤもちょっとだけ「切れて」いる? )。

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