サスが動作することで「タイヤを動かしてしまう」ジレンマ

 実は、サスペンションは、その成り立ち上、アームの動きがタイヤの接地点を移動させてしまう性質を持っている。

 以下、あくまでも原則論として、スイングアームサスペンションならばアームが描く円弧によって、左右タイヤ間の距離、つまりトレッドが変わる(スカッフ変化と呼ぶ)し、キャンバーも変わる。トレーリングアームならキャンバーは変わらないが、前後タイヤ間の距離、つまりホイールベースが変わる。セミトレーリングアームなら、キャンバーとトーイン、そしてトレッドとホイールベースの両方が変わる。ダブルウィッシュボーンならばトレッドは変わるが、キャンバーは変わらない(変わるケースは後で説明するので、今はとりあえず単純化して理解してほしい)。要するに、揺動軸(※6)を使うサスペンションは、伸び縮みに際して、タイヤの踏面中心の座標が常に対車体で動き回っているのである。

※6 揺動軸:動く機械の基本。回転軸を中心にスイングして動かす仕組み。ヒンジや蝶番など。一般に動く方向は軸を中心とした正回転か逆回転に制限される

 これはクルマの設計者にとっては望ましくないことだ。路面に垂直にしておきたいためにサスペンションがあるのに、そのサスがタイヤ自体を動かしてしまう。何と言うか、シェイクスピアみたいなアイロニーである。

 例えば先に触れたスカッフ変化の場合などでは、もっと面倒なことも起こっている。トレッドが変わるということは、タイヤが発生する力以外にも、アームの角度変化に伴う有効半径の変化が起きる。アームが地面に対して水平な位置を最長として、トレッドは最大になる。その位置から上下運動をすれば、その度にホイールを横に押し出したり、内側に引き入れたりする動き(横蹴りと呼ぶ)が発生して、これが車体の自転運動に複雑に影響を与える。ただし、ここまで車体の側を固定してタイヤ側が動いている感覚で想像されてきたと思うが、現実は逆である。地面への固定点はタイヤなので、押し出される、引き込まれるのは車体である。その重さを想像してほしい。

 きれいに左右車輪に均等に荷重が掛かっているときは良い。左右の力はつり合っているのだが、これが旋回時には荷重の勝る外側が優勢になる。その状態でフロント外輪が外に押されれば、そのアクションは、タイヤが起こしたヨー運動(車両の自転運動)に加算されるし、リアならせっかく付き始めたヨー運動を打ち消す方向に働く。ドライバー側からすれば、予期も意図もせぬところで、影響は微小とは言え、一連の動きが突然逆方向になることもあるわけだ。クルマの予期せぬ動きは運転に不安を覚えさせる。

 バンプ(路面の凸凹)を踏んだり、荒れた路面でトレッドが伸び縮みしたりすれば、それによるタイヤの位置の移動とヨーの増減が起こる。平滑な路面であっても、車体のロールによってサスがタイヤの座標を“動かす”ことで、非連続な動きが出てしまう可能性は生じる。あとこれ、本当はフロントの場合、キャスター由来の横蹴りの話が出て来るけれど、今回の主役はリアサスなので割愛したい。ってかそれやってたら永遠に終わらない。

 揺動軸を使わない動きのシンプルなものとして、例外的にスライディングピラー式サスペンションがあるが、これは構造上、どうしても動きがシブくなる。現在こんなものを採用しているのは英国のモーガンだけだ。(「webCG」記事)

サス自体のパーツや形式による限界も

 という具合に幾何的、つまり理論上の動きをざっと見たが、ここはまだ入り口で、全然話は終わらない。実際に路上に出れば、今度はサスペンションの構造上の支持剛性によるタイヤの位置決め能力の話が出てくる。タイヤを介して入ってくるさまざまな力を、サスが支えきれないことがあるのだ。ラージプラットフォームが最も気にしたのはこの部分である。ただここもかなり遠回りの必要があるので、辛抱強く付いてきてほしい。

 サスペンションのアームは、金属の棒だ。その構造特性上、引っ張りと圧縮に対してはかなり頑張れるのだが、曲げには弱い。特にアームが長くなればなるほど曲げに抗する能力が低くなる。それから局部に集中して曲げが加わるような場合も苦手である。何しろ支えたい相手はクルマの自重。冒頭で書いた通り昨今のクルマは重い。それが時速100キロオーバーで運動する領域で支えるのは大変だ。それを支え切るべくアームを太く頑丈にすれば、バネ下(サスの一部からタイヤまでの部位)が重くなって、路面追従性の悪さという別のネガが出る。

 スイングアーム式は支持するアームが車体の左右方向なので、曲げ力が加わる前後方向の位置決めが甘くなり、結果的にトーが動く。特にリアの場合、ガニ股のトーアウトがうれしくない。

 トレーリングアームはバイクのリアタイヤを支えるスイングアームと同じ構造だ。アームはボディに対して前後方向なので、前後の位置決め能力は高いが、アームが長いほど剛性不足による曲げ方向のしなりが出て、横方向の位置決め能力が不足する。横力をどんどん上げていくと、アーム自体が予期せぬバネとなって、限界まで撓(たわ)んだ後に一気に元に戻ろうとする。フロントウィンドーの上でワイパーがビビるときの様子を想像してほしい。撓み→開放→撓み→開放が連続する。現象としては高負荷旋回域でいきなりタイヤが明後日の方向を向いてグリップを放棄し、その後また回復することを繰り返す。要するに危ないのだ。さらにアーム後端のハブ(タイヤとサスの締結部)に応力が集中するので、トーの位置決めも弱い。

 ダブルウィッシュボーンはハブの保持スパンを広げた前後2連のスイングアームを上下に2段重ねた形状なので、前後左右ともタイヤの支持剛性は高く、タイヤの位置決め性能は高いが、後述する別の欠点がある。

 ……と言うのは原理原則の話であって、そういうネガを持ったサスペンションを良いものに仕立ててきた例は歴史上に事欠かない。理屈を超える職人芸というのが存在する。型式で単純に優劣を決めるのは、正直バカっぽい。形式の優位を覆す下克上の例にはこと欠かない。なのだが、しかし、やっぱり原理原則というのは完全には殺しきれない。どんなに上手く躾けても最後の最後でダメな部分が顔を出したりするのだ。

 ああ、面倒臭い(笑)。読んでくださる方もだいぶ面倒になっていると思うが、筆者としてもいかんともしがたい。とにかくマツダが本当に説明の面倒なサスペンションを開発してくれたので、書く側も読む側も体力をごっそり削られていくのだ。

 さて、理論的(幾何的)な話と構造的(保持剛性的)話は極めてざっくり説明したのだが、これから対車体のジオメトリーの話をはみ出して、対地ジオメトリーの話に入っていく。

 今までの説明を読んでいただいた読者の皆さんは車体とタイヤの位置関係を想像しながら読み進めてきていただいたと思う。この考え方を対車体ジオメトリーと言う。けれどもタイヤはそもそも路面を捉える部品なので、本当に重要なのは対地ジオメトリーである。しつこく繰り返しになるが、タイヤは路面に対して常に真っすぐに立てておきたいのだ。

次ページ タイヤを立てておきたいなら別の手もある