マツダの今後を占うであろう戦略車種、CX-60。9月1日の試乗会会場で撮影。
マツダの今後を占うであろう戦略車種、CX-60。9月1日の試乗会会場で撮影。
[画像のクリックで拡大表示]

 さて、各方面から「どうして池田はマツダCX-60について書かないのだ」という突っ込みを受けまくっていたわけだが、ちょっと本人も困っていた。公道試乗会に出向いたのが9月1日。そこでどうしても納得がいかないクルマの出来を見つけてしまったからだ。

 で、散々考え、色々と迷い、担当編集Y氏とも議論を重ねた。端的に言えば低速域の乗り心地についてである。筆者は、かねてマツダが主張してきた「どの速度域においても、どの席のパッセンジャーにとっても、快適で疲れない乗り心地」という理念に深く同意をして、敬意を払ってきたのだが、箱根で試乗したCX-60は、低速域での突き上げにすぐに分かるほどの粗(あら)があった。特に後席においてそれが顕著であり、マツダのフラッグシップシャシーであるラージプラットフォームでこれはいかに? という気持ちの収まりどころがなかったのである。

担当編集と意見が割れる

 しかしながら、試乗会に珍しく同行した担当編集Y氏は「ボクは全然気になりません」と言う。いやまぁ、こっちも一応プロなので、どういう走行場面のどういう現象ということを伝えて、池田の懸念が何であるかはちゃんと説明したし、その現象そのものは彼も認めたのだが、「普段乗っているCX-30が基準になっちゃっているせいかもしれませんけど、それほど悪いとは思えないんですよねぇ」と、つまり現象そのものは認めつつ、その評価についてはそこまで厳しく言うほどではないと意見が分かれた。

 こういう場合が実はややこしい。「素人のクセにナマを言うんじゃない」みたいなパワハラで押し切るのは危険だからだ。クルマを買うのは素人なので、プロの基準と見解が分かれたときに、素人の感覚をバッサリと斬ってはいけない。ちゃんと傾聴すべきなのである。

 試乗会の発着ポイントに帰って、エンジニアに疑義を呈したところ、また面倒なことを言い出した。CX-60のリアサスペンションは、5本のアームで構成されるマルチリンクなのだが、そのホイール側の5箇所のジョイントに全てピローボール(※1)を使っていると説明し始めたのだ。

CX-60のリアサスペンション。5本の短いリンク(アーム)で、ハブ(ホイールと接続するパーツ)を支えている。ピローボールが採用されているのはリンクのハブ側(画像:マツダ、注記は編集部)
CX-60のリアサスペンション。5本の短いリンク(アーム)で、ハブ(ホイールと接続するパーツ)を支えている。ピローボールが採用されているのはリンクのハブ側(画像:マツダ、注記は編集部)

※1 ピローボール:サスペンションの“関節”にあたる部分に使われる部品。球状の金属を金属のベアリングでかしめたもの。ベアリングの転がりで球状の金属が回転し、制限された範囲で自由に動くことが出来る。市販車の関節部にはローコストで振動などを吸収できるゴムブッシュを用いるのが一般的。ピローボールを使うと、動作(タイヤの位置決め)は正確になるが、乗り心地が悪くなる、動きが渋くなるなどのデメリットが生じるとされる。CX-60のピローボールは樹脂製ベアリングを使い、耐久性と静音性を狙っているとのこと。ロードスターの後輪にも使用されている。どんな形か知りたい方は、正式名の「スフェリカルジョイント」などで検索を(以下、解説は“素人”代表として編集Yが担当します。行き届かない点は平にご容赦を)

 筆者が反射的に思ったのは「いやいやそれはダメだろう」である。

 さあ、ここから長く面倒臭い話が始まってしまうので、好事家以外立ち入り禁止である。人払いをする前に、とりあえず前提知識の話を全部省いた結論と、この原稿がなんで一見さんお断りの立て付けになってしまったかをちょっと説明しておく。

 極めて簡単にCX-60のリアサスが何を目指しているのかを説明すれば、あれはとにかくホイールをガッチリと高い剛性で取り付けたかったということである。「いやいやクルマのホイールがガッチリ付いてなかったら欠陥車じゃないか?」という方。それは実は違うのだ。エンジニアのレベルで言えば、市販車のホイールなんてグネグネと動き回っているのが普通なのだ。

 今さらな話だが、このラージプラットフォームはマツダがCASE(つながる車、自動運転、シェアリング、電動化)時代を生き抜くために造られたシャシーであり、300キロ、400キロ級の重い重いバッテリーを搭載されるわけだ。車両総重量は下手すれば2.5トンの世界になる。そういう時代を前提にしたとき、「これまでのマツダも含め、自動車メーカーは、スタビリティ(※2)を担うリアサスによるタイヤの位置決め剛性の低さに慣れっこになってい過ぎやしませんか?」と世の中に問うものなのだ。つまり、恐らくは世界で初めてBEV(※3)時代の重車両対応を基礎設計時から要件に入れて開発されたのがこのラージプラットフォームのサスペンションである。

※2 スタビリティ:stability、車両の安定性

※3 BEV:バッテリーEV、電池から供給される電力でモーターを動かし、内燃機関を持たない電気自動車

 この2022年において、確かにそれは新鮮なトライだと思うが、サスペンションの歴史に鑑みれば、それは「タイヤをがっちり固定して支持剛性を高くしたい」「しなやかに動かすことで乗り心地を良くしたい」という二律背反に対する長い長い戦いの絵巻である。その中で現時点では、ブッシュのコンプライアンス(※4)を使って、制約を加えつつも動かし、それをジオメトリーコントロール(※5)に積極的に利用しながら、乗り心地を確保する。その分、タイヤの位置決め性能は妥協する、というアプローチが主流である。というかそれ以外は、特殊なスポーツカーなどに向けた少数派にすぎない。

※4 ブッシュのコンプライアンス:ブッシュはサスペンションの可動部に付くゴム部のこと。コンプライアンス(compliance)は柔軟性。よってゴムの変形しろを指す

※5 ジオメトリーコントロール:幾何学的な制御。ここではサスペンションのリンク(アーム)の配置、動作による、ストローク時のホイール角度の積極制御のこと

 だが、果たして車両総重量1.5トン時代の設計思想の延長で2トン越え時代のBEVをちゃんと走らせられるのだろうか?

 マツダは恐らくそう考えたはずで、「所与の条件が大きく変わるならば、基礎設計も優先順位も全部変わるのではないか」というのが、多分結論だった、はずだ。もちろんこのあたりは全部筆者の推論である。まだラージのBEVが世に出ていない現在、未発表のモデルを前提にした計画を自動車メーカーが公式に話すワケにはいかないからだ。そこはどんなに拝んでも教えてはもらえない。

 そんなわけで、タイヤを取り付けるハブ側のブッシュをドラスティックに排除し、ピローボール化した今回のサスは、フラッグシップ車種向けのシャシーながら、新時代に向けた挑戦を試みたものとなった。一方で、先祖返りとも言える。サスを固めた場合の乗り心地の悪条件をクリアするソリューションとして、皆がブッシュを採用してきたわけだから。

次ページ 今回の原稿がどうしてこうなったのか