「空振り」で、何もない場所で突然急制動を掛ける現象には「ファントムブレーキ」という名前がついている。例えば空いた高速道路の見通しのいい直線区間を走行中、あなたのクルマに突如ファントムブレーキが発生したとしよう。あなたの真後ろにいたクルマがたまたま運悪く20トントレーラーだとしたら、乗用車のフルブレーキに追随して止まれるだろうか?

 ADAS(先進運転支援システム)系のブレーキセンサーのエラーは大別して2種類ある。認識すべきものを見落としてしまう「不作動エラー」と、何もないのに何かを認識してしまう「誤認識エラー」である。

ファントムブレーキの実体験

 筆者は実際に誤認識エラーによるファントムブレーキを体験したことがある。すでにリコール済みであるが、車両はスズキのスイフトだった。夜間、片側2車線のいわゆるバイパス道路(国道246恩田川付近下り車線)の左側車線を走行中、右側車線からバイクが抜いていった。双方とも車線変更はしていない。ただの追い抜きである。バイクがスイフトの右前に出たとたん、スイフトは急制動を掛けた。それは思わず声が出るほどの減速Gで、体が前へ投げ出され、瞬間的にはシートベルトで支えられている状態になった。おそらく追い抜きのバイクを、交差する道路の右側からの飛び出しと誤認識したと思われる。

 ドライバーが自らブレーキを踏む場合、どのくらいの減速Gがかかるかは予測しており、脚で踏ん張ったり、手でつっぱったりするから、よほどのことがない限り体は投げ出されない。だが、こういう予想外かつ唐突な強い制動はまた別だ。仮に自分が助手席にいて、ドライバーにあれをやられたとしたら気色ばむところである。

 しかも悪いことにファントムブレーキはドライバーにはどうしようもない。不作動エラーに関しては、人間がちゃんと前方を監視していれば、ADASに頼らず自分でブレーキを踏むことができるし、それがこの手の装置のあるべき使い方である。しかし、ファントムブレーキに対してドライバーができることは何もない。仮にそれによって追突被害にあったとして、急ブレーキを掛けた側として過失相殺を求められたら、納得できる気はしない。

 なんだか話が脱線しているように思えたかもしれないが、実はここがポイントである。要するに、どんなに頑張ってもセンサーには認識率100%は求められない。すでに新型コロナで世に広まった「偽陰性」「偽陽性」が、一定の割合でセンサーにも発生するということだ。偽陰性(本当は陽性なのに、陰性と診断)だと不作動エラーになるし、偽陽性(本当は陰性なのに、陽性と診断)だと誤認識エラーになる。

 従来の議論では、この不作動エラーだけを考えて、センサーの多重化を求めてきた。確かに不作動エラーに関しては、論理的には多重化によってリスク低減の可能性が上がる。1種が2種になれば、「どちらかで検出できる可能性」が上がるからだ。しかし、誤認識に関しては、センサーの数が増えれば増えるだけむしろリスクが高まっていく。「どちらかで“誤って”検出してしまう可能性」が上がるからだ。

 そういう、センサーごとの判定結果の食い違いを解決するのはコンピューターの仕事で、より詳細に言えば、ソフトウエアの画像処理と、刻々と変わりゆくカメラ映像を瞬時に処理し続けるハードウエアの演算能力が両方求められる。

次ページ ADASは複雑・高コストになる傾向を持つ