ところが現実のLSオーナーのほとんどは、まず全開になどしないし、むしろ静々と走らせている。こういう人の使い方を分析し、用途に合わせることを考えていいのであれば、アシはもっとずっとコンフォートに振れる。ただしそのためには、万が一に備えて、エンジン出力を絞らねばならない。こういうことを顧客と相談の上でやれるとなれば、パーソナライズの守備範囲はものすごく広く、新しい可能性に満ちている。

 テスラがOTAによって拠点を持たないリスクをカバーし、むしろ拠点がないことをコスト削減に活かすというならば、トヨタはその他社の追随を許さない拠点数を武器に、拠点でデータだけでなく、リアルな顧客からのヒアリングを積み重ねることで、クルマを造る上で重要な情報を高密度で集めようとしている。こんなに面白い戦いがあるだろうか?

 さて、ではそれが何故KINTOでスタートするのか?

 ここも面白い。まず、当初はGRスタッフが対応できる顧客数にコントロールしなくてはならない。モリゾウセレクションというある程度顧客層が絞られる車種、かつKINTO専用ということならば、数量をコントロールすることが可能である。

 またKINTOはサブスクリプションサービスであり、クルマはトヨタの所有物である。カスタマイズするに当たって色々な問題が起きにくい。例えば売り切りの場合、パーソナライズの進んだクルマをオーナーが転売してしまうことがあり得る。個人のドライビングデータを分析してセットアップしたクルマを他のドライバーにそのまま譲るのはあまりよろしくない。KINTOならば、最終的にクルマはトヨタに返却されるので、ここで確実に初期化作業が行える。

 さらに保険や税金やアップデート、パーソナライズまでの全てが料金に入ったKINTOであれば、顧客はパーソナライズのアドバイスを受けた際、費用負担を気にしないでその提案を検討することができる。提案は、セールストークでものを買わされる話と切り離されているからだ。

宝の山が自走してやってくる

 一度整理しよう。モリゾウセレクションは、これまでやむを得ず最大多数に向けてリスクヘッジを織り込まざるを得なかったクルマの仕様を、個人の使い方に応じて大幅にセッティング変更ができるようにした。

 そしてそれは、トヨタ側から見るとユーザーからの生の声が直接・実走データ付きでやってくる宝の山であり、そのお宝の使い方をトヨタの中で多数のスタッフに承継拡散させるとともに、非属人化スキルとしてシステム化へと移行させることが可能になる。

 全体としては、ものづくりを進化させるための情報インプットのダイレクト化と高精度化と拡大であり、それを踏まえたエンジニアリング手法のアウトプットの多様化でもある。つまるところそれは、「もっといいクルマ」へ向けた大規模なカイゼン手法のアップグレードということである。

 そもそもトヨタ元町工場(愛知県豊田市)のGRヤリス専用ライン「GRファクトリー」からして、異様なものだ。そこで行われているのは、名人によるハンドメイド作業の標準化である。要するに、手づくりでしか出せない高精度組み立てをトヨタ生産方式によって高効率化するという手法で、具体的には高精度組み立ての手作業をいくつかの段階ごとにセル作業に分割し、セル生産とセル生産を無人搬送車でつないで、準ライン化するやり方だ。つまり従来の量産手法の限界を超えて、ハンドメイドの世界を安価に提供することを目的としている。

 対照的なのはテスラで、現在テスラは床部分を担うバッテリーボックスを兼ねる高剛性フロアを核に、特殊アルミの特殊鋳造で1パーツ化したサスペンションを含む前と後ろの2つのフロアをボルト留めし、これによってシャシーを3つのパーツに収れんさせていこうとしている。

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