日産自動車(以下日産)の決算には、「過去の日産」と「現在の日産」が激しく対立する姿が浮かび上がる。要するに日産の経営方針は過去と現在で正反対と言っていいほど違うのだ。まずはそこを解説しなくてはならない。なぜならば、現在の日産にとって、過去の失敗の尻ぬぐいが大変な重荷になっているからだ。
この決算解説の連載では、すでにトヨタ自動車とマツダの記事を書いた。筆者はこの両社を「2022年3月期決算における勝ち組」と評価している。その理由をシンプルにまとめると、どちらも10年をかけて、商品の高付加価値化と原価低減をバランス良く進めてきた点にある。
高付加価値化とは、商品の魅力を高めつつ、生産コストを下げることだ。単純なコストパフォーマンスと何が違うかと言えば、算数的に「パフォーマンス/コスト」と考えて、パフォーマンスだけ上げるとか、コストだけ下げるやり方で済む「比率の問題」ではないということだ。
顧客の満足を支えるのは第1にパフォーマンスだ。そしてこの2020年代において、パフォーマンスとはカタログデータ的な馬力や加速タイムではない。道具としての高い洗練であり、運転における充実感のある体験である。そういうものを持たない商品をわれわれは「コモディティ商品」と捉える。コモディティ商品には心ときめく期待がない。
だからまずはクルマの魅力向上がありきなのだが、かと言って、パフォーマンス以上に値段が高くなったら顧客離れを起こす。だからこそ魅力が上がるだけでなく、同時にコストが下がることが重要になる。必ずしも絶対的に安価を求めるわけではないが、機能の向上に対して割高感がないことが求められるのだ。
そして、重要なことだが、最終的に、価値と価格のバランスが優れているかどうかを決めるのはマーケットである。そこが優れているという評価を受ければ、新車は値引きせずに売れるし、中古車の価格は高値で維持できる。
それを前提とした改革をトヨタとマツダは10年をかけてやり抜いてきた。対して日産は過去10年で、自らの付加価値を毀損し続けてきてしまった。そこを回復するのは本当に大変なのだ。
ブランド喪失の歴史を振り返る
では日産の過去を振り返ってみよう。日産は2010年代に入ると徐々に日本市場で新型車を発表しなくなっていった。モデルチェンジからの年数を「車齢」と呼び、当たり前だが、それは毎年1歳ずつ老いていく。最初の1~2年はさほど気にならないのだが、5年もたつ頃には巡り合わせの悪いモデルは10年後れになる。
各社の競合モデルが順調にモデルチェンジを繰り返して定期的に車齢が若返っていくにもかかわらず、日産のクルマはどんどん老いていく。それでも何でも「売れ」と言われた現場は、値引きで売るしかない。それでも、古くなって魅力を失い、コモディティ化したものを売るのは難しい。
メーカー希望小売価格はその値引きによって崩壊し、新車の価格が基準になる中古車価格は、当然それに歩調を合わせて崩れていく。一度そのサイクルに入ると、日産ユーザーの手元にあるクルマの価値が毀損してしまうので、いざ買い替えようと思っても下取りの査定額が振るわない。それに嫌気が差して買い替えをやめてしまったり、思った車種の思ったグレードに手が届かずに、狙いを下方修正したりすることになる。モデルチェンジをなおざりにして、値引きで対処するということは、商品ブランドを損なうだけでなく、顧客の資産価値まで巻き込んで壊してしまうということなのだ。新車の「高付加価値販売」ができなくなることは、かように様々な問題を引き起こす。
この問題は決算においては、利益を稼ぎ出すために重要な「構成(1台当たり価格)」に下げ圧力が加わることを意味する。そんなことは分かりきっているので、筆者は日産の戦略にずっとダメ出しをし続けて来た( https://www.itmedia.co.jp/makoto/articles/1506/15/news017.html )のだが、まあそれが届くはずもなかった。
では日産は、その時一体何を考えていたのか。いわば、獲らぬ狸の皮算用に熱中していたのである。
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