3月23日、日本自動車工業会(自工会、JAMA)は会見を開いて豊田章男会長の「1年限り」の続投を発表した。ストレートニュースとしてはそれだけのことなのだが、途中経過をご存じない方は1年に限る意味が分からないと思うので順を追って説明しよう。組織改革の気付きにくい落とし穴を巡る、言葉は悪いがある種ドロドロしたドラマが背景にある。

自工会はこの5年ほど、大改革を進めてきた。これは本当の掛け値なしの大改革で、何も決められない足の引っ張り合いの寄り合い所帯が、本当に意志を持って自らを変えていく組織へ変貌しつつあった。この改革を先導したのは豊田会長であり、そこが気に入らない社もあったとは思うが、トヨタは実務を進めるために大量のスタッフを送り込んだ。
その結果、改革が進んだ一方で、自工会の内部でも「トヨタが自工会を私物化して好き放題にやってやがる」と捉える感覚もまたあった。同じ事象の表と裏であり、まあ人が集まればそうなるだろう。わざわざ手を突っ込まなければ「トヨタが鼻面をつかんで引きずり回している」みたいな見られ方はしないかもしれないが、それでは自工会はただの老害組織となっていく。
そもそも老害組織となりかけた根源は、「全員一致」を大原則としてきた自工会が、全く合意を形成できなくなったことにある。故にひたすら保守的で、真っすぐにしか進めない、硬直した組織になっていた。誰かが強引な方法を取らない限り、変化が起こせる組織ではなかったのである。
“嫌われ者”という自覚
少し時間軸を戻そう。豊田氏は、1月26日に突然トヨタ自動車社長退任を発表した。このとき、豊田氏は同時にたっての希望として自工会会長辞任を申し出た。実は自工会改革の中で豊田氏は、「自工会の正・副会長は現役の各社社長に限ろう」という提案をし、後述するがそれが改革の大きな推進力になっていた。2020年7月の理事会でのことで、明文化されているわけではないが、この合意の上で組織改革が行われた。
ちなみに自工会のウェブサイトから役員名簿を抜き出すと以下の通りである。
会長 豊田章男 トヨタ自動車株式会社 代表取締役社長
副会長 片山正則 いすゞ自動車株式会社 代表取締役社長
副会長 鈴木俊宏 スズキ株式会社 代表取締役社長
副会長 内田 誠 日産自動車株式会社 取締役代表執行役社長兼最高経営責任者
副会長 三部敏宏 本田技研工業株式会社 取締役 代表執行役社長
副会長 日髙祥博 ヤマハ発動機株式会社 代表取締役社長 社長執行役員
副会長 永塚誠一 一般社団法人 日本自動車工業会 専務理事
豊田氏は表向き「自分が言い出したルールである以上、現役社長を退いたら、自工会会長も降りるべきだ」と発言している。それも嘘ではない。だが、豊田氏の思いというか真意は別にあると、筆者は見ている。
トヨタ自動車、そしてその顔である“豊田章男”には敵が多い。あえて言えば嫌われ者なのだ。自工会の仲間であるはずの他社も一部は、必ずしも快く思っていない。多くのメディア、そして世論もそうだ。ファンが少なくアンチが多い。
筆者は豊田氏の社長辞任の背景など、原稿内でスタンスについてあらかじめ断ったごく一部の例外的な原稿を除いて、どの記事も可能な限りフラットに書いているつもりだが、アンチトヨタからはトヨタの御用ライター呼ばわりされることも多々ある。一般的にアンチな人々は「アンチの仲間」以外は「敵の仲間」という極端なスタンスを取りがちだ。フラットなんて嘘で、トヨタに尻尾を振るたいこ持ちだと決めつけられるのだ。
Powered by リゾーム?