まるでブラック魔王じゃないか

 そしてとどめが、2020年のCAFE規制を余裕でクリアしたのはEV専門メーカーを除けば、トヨタ1社だった、という現実である。「世界の環境を善導すべく決めたオフィシャルな規制」を、言い出した側のはずの欧州メーカーがクリアできないのではとの噂が絶えなかった。最終的には排出権の購入などでほとんどがクリアするのだが、VWは達成できなかった。

 こうして史実を振り返ると、ドイツを中心にした欧州は、1990年から30年にわたり「次の自動車の主要技術はこれである」と豪語し、時にそれは、競合である日本を“罠に嵌めよう”としてきたことが描き出されてくる。

 そして、それは「えっ、そんなことに気がつかなかったのか?」と言いたくなるような理由で、次々と自らを窮地に追い込んでいる。

 自分で仕掛けた罠に自分が嵌まっているケースの多さに、筆者は「チキチキマシン猛レース」のブラック魔王を思い出してしまう。悪だくみをしては自分が酷い目に遭って、ケンケンに笑われるというオチだ。

 そして今、欧州は「次はEVの時代だ」と言っている。まあこれまでパーフェクトに外してきた人が今回こそ予想を当てることもあるかもしれないが、どうなのだろうか。

 安全、エネルギー源、環境対策と、欧州は「逆らいようのない価値のある目標」を設定することが実にうまい。それを利用して規制を作ったり雰囲気を醸成し、先行するライバルに追いつき追い越そうとする戦術も、国際競争としては「あり」だろう。

 それは認めた上で、真面目に折れずに開発を続け、結局欧州が諦めた燃料電池やディゾットの技術をものにしてきた日本のエンジニアたちに、筆者は心から敬意を捧げたい。翻って、まんまとしてやられる日本政府には一言言いたいし、妙な法律を作って敵に塩を送らないことを切に祈る。

ブレ始めた欧州のEV戦略

 その欧州がなぜ自縄自縛に陥るのか、EUの様な複合体の場合、関連する国、メーカーが多岐にわたり、しかも「EU」としての共同歩調も求められるだけに、せっかく企みを巡らしても、とんでもないところでツメが甘くなるのかもしれない。

 すでにEVに対する欧州の政策はだいぶブレ始めている気がする。EV化が進んだとして、原価の4割はバッテリーであり、そのバッテリーの供給元は最有力が中国、次点が韓国、生産余力が限られているものの、それに加えるとすれば日本である。しかも寡占が進んでいる上に需給が締まっているので、売り手市場。それでは欧州の自動車メーカーはやられ役にしかならない。いくらEVの旗を振っても、儲けは中国に持っていかれてしまう。

 それに気付いた欧州は、バッテリーの域内生産に舵を切った。

 水力発電を中心に電源構成がキレイなスウェーデンにバッテリー生産会社「ノースボルト」を設立し、ここから、欧州域内の自動車メーカーに供給する作戦である。

 前回も書いたが、噂されている通り、LCAとカーボンプライシングがセットで施行されることになれば、電力消費の大きいバッテリー生産は、カーボンプライシングによる実質的な関税で非常に不利になる可能性が高い。それを回避するためには電源のクリーンな国でバッテリーを作るしかないし、現状で電力があまりクリーンでない中国や韓国のバッテリーを締め出すことができる。という意味で、その作戦はよくわかる。

 しかし2021年3月15日にフォルクスワーゲンが発表した欧州バッテリー製造計画では、最初に稼働すると発表されたノースボルトのバッテリー工場は、スウェーデンだけでなく、ドイツにも建設される。常識的に考えて、これはEV化に向けた産業構造の大転換に際して、ドイツでの雇用が大幅に失われることへの対策だろう。しかし、ドイツはEUの中では決して電源がクリーンな国ではない。スウェーデンの電源は非化石電源がほぼ100%。対するドイツは半分に届かない。

 これではLCAとカーボンプライシングへの対策にはならない。例えばドイツで生産されるEVは全て国内販売用とするならまああるかもしれない。しかし計画されているのはEUで計6カ所の工場だ。現状で明らかにされているのは、フランスか、スペイン、ポルトガルのどれかに1カ所、東欧に1カ所だが、9割が非化石燃料による発電のフランスは良いとして、スペインもポルトガルもドイツ並みでしかない。恐らくEUの各国が電池生産を勝ち取るために猛烈なアピールを繰り広げているのだろう。

 もともと、スペインとポルトガルは欧州内部で長らく工場の役割を果たしてきた国だ。安い労働力で物作りを得意としてきた。しかし、1989年にベルリンの壁が崩壊してから、労働力と地価がさらに安い東欧があらたに欧州の工場として台頭し、以後相対的な地位と、国単位での経済力を下落させてきた。両国にとっては、散々工場として便利に使ってきたくせに、東欧へとシフトし、さらに中国へとシフトし、次は北欧だと言われれば反発も起きる。ブレグジット後のEUに取って、これ以上の離脱の動きはとても不味い。ということで、バッテリー戦略の合理性とEU内部の政治的な駆け引きがどうやら対立を起こしている……ように見えるのだ。

 さて、一口に「EV化」と言っても、極めて複雑で多様な問題が組み合わさっていることがご理解いただけたと思う。こういう状態をイメージ先行で、例えば「環境問題で世界をリードする欧州」という視点だけで理解しようとするのは、「電子レンジで簡単調理」みたいなもの。細かい手順を省いてわかり易くしてしまうと、本質を見誤る。簡単にできることは簡単にして理解すれば良いが、複雑なままでしか理解できないこともあるのだ。

 CO2削減とはそもそもどこから来た話か? EVを作ると誰がどう儲かるのか? 原点に立ち返り、面倒でも基本をひとつずつ掘り下げていくと、自分が今まで持っていたイメージとはちょっと違うものが見えてくる。料理と同じく、基本的なことをおろそかにはできないのだなと思う。

■訂正履歴
記事掲載当初、本文中で事実確認が不十分な点がございました。「そしてとどめが、2020年のCAFE規制をクリアしたのはEV専門メーカーを除けば、トヨタ1社だけ、という現実である。『世界の環境を善導すべく決めたオフィシャルな規制』を、言い出した側のはずの欧州メーカーは1社もクリアできず、メンツ丸潰れの結果になった。」としていましたが、こちらを「そしてとどめが、2020年のCAFE規制を余裕でクリアしたのはEV専門メーカーを除けば、トヨタ1社だった、という現実である。『世界の環境を善導すべく決めたオフィシャルな規制』を、言い出した側のはずの欧州メーカーがクリアできないのではとの噂が絶えなかった。最終的には排出権の購入などでクリアするのだが、VWは達成できなかった。」に、「VWは1000億円を超える巨額の罰金に沈み、」を「VWは約130億円の罰金を支払い、」に、お詫びして訂正します。本文は修正済みです [2021/03/26 09:00]

この記事はシリーズ「池田直渡の ファクト・シンク・ホープ」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。