欧州が提示した新技術とその後

 ではここで、もう一度歴史を振り返ろう。テーマは「欧州が提示した新技術とその後」である。

●燃料電池

 1990年ごろ、欧州は「次世代の自動車の動力源は燃料電池」と豪語していた。ダイムラーベンツは1993年のフランクフルトモーターショーでヴィジョンA93を発表し、床下に燃料電池スタックを収める革新的なパッケージについてアナウンスした。後の1997年に、Aクラスとしてデビューしたこのクルマは、数年以内に燃料電池を搭載した世界初の燃料電池車(FCV)となる予定だった。

 同じ1997年にデビューした世界初のHV、トヨタ・プリウスは、「次世代は燃料電池に決まっているのに何をいまさらそんなつなぎの技術に大金を投じているのだ」と欧州から散々バカにされた。それは昨今のEV出遅れ論と鏡に映したように酷似している。しかし待てど暮らせど「決まっている」はずのAクラスはおろかどこのメーカーからもFCVは登場せず、ついに話は立ち消えになった。そして2014年に、なんとトヨタが、世界初の量販FCVとしてMIRAIを発売した。これが史実である。

●オフセットクラッシュ

 1980年代からの日本車の快進撃に危機感を募らせたドイツは、「ドイツ車の安全性」をアピールすべく、官・民・メディアが三位一体となって、新しい仕掛けを作った。それが「オフセットクラッシュ」だ。

 オフセットクラッシュとは、クルマの事故の多くが完全に真正面からぶつかる正面衝突ではなく、車体幅の半分ずつズレた衝突、つまりオフセットが付いた衝突であることが多い、とすることから導き出された新しい安全の概念である。

 構造的に見れば、ボディの片側だけで巨大な衝突エネルギーを吸収しなければならないだけに、正面衝突より難しい課題だ。ドイツは1990年に突如この実験方法を主張して、日本車を含む世界各国のクルマを集めて実際にオフセットクラッシュテストを行い、自動車専門誌「アウト・モトール・ウント・シュポルト」誌がこれを報じた。

 常識的に考えて、それだけの実験を行う設備を借り、多くのクルマを破壊する実験が一雑誌の予算でできるはずもなく、ドイツの自動車メーカーと監督官庁、それにメディアが協力して行った日本車のイメージダウンのためのキャンペーンであった、と筆者は考えている。

 衝突安全試験というのは通常、予め試験項目が明らかになっていて、その測定方法で安全が確認されるもので、設計時に想定していないどんなぶつかり方でも安全なクルマなど存在しない。例えば鉄パイプを積載したトラックに乗用車が追突して、ちょうどフロントガラスが鉄パイプに当たるというような衝突を想定したら、パスできる市販車はこの世に存在しないだろう(フロントウィンドー部に頑丈な装甲を与えて、前方視野はカメラとモニターで構築するくらいのドラスティックな手段を取らなければ、そんな基準はパスできない)。オフセットクラッシュは当時としてはそれと同じ、突然持ち出された新しいテスト方法だったわけだ。

 しかし、これが意外な結末を迎える。当時の未熟な衝突安全技術では、ドライバーとステアリング、あるいは内装材などとの距離を取らないと、ドライバーの身体がそれらとぶつかり、安全が確保できなかった。その結果、それまでドイツ車が大事にしてきたドライビングポジションが一部のモデルで崩壊したのである。

 「ドイツ車は安全性が高い」という評判を作ることには確かに成功したが、同時に大事なものを失ったという意味で、ブランド価値的には果たして成功だったのかどうか疑わしい。

 後日談を書けば、この衝撃的なトラップに気付いた世界中の国々は早急にオフセットクラッシュテストを安全基準に取り入れた。日本も1993年にはこの安全基準を策定し、数年でキャッチアップに成功した。ドイツがこの分野でリードできた期間はごくわずかだった。

●ディーゼルエンジン

 ディーゼルエンジンについては、すでに行数を割いて書いてきた通りなので、項目を挙げるにとどめたい。

●ディゾット

 ディゾットはダイムラー・クライスラー(当時)が2000年代初頭に提唱した新しいエンジンだ。ディーゼルエンジンとオットーサイクルエンジン(通常のガソリンエンジン)の良いとこ取りをしたシステムで、日本語では予混合圧縮着火、別名HCCIともいわれる。ここで「ん?」と思った方は、マツダファンだろう(笑)。

 従来のオットーサイクルでは不可能なほど薄い混合気を燃やすことができるため、CO2排出で有利になる。しかしこの技術も結局日の目を見ることがなかった。そして結果的に実用化まで持ち込んだのはマツダで、現在それはSKYACTIV-Xとして市販されている。

●ダウンサイジングターボ

 ダウンサイジングターボは、VWなどが中心になって提唱した新技術であり、排気量とシリンダー数を削減したエンジンに過給して、低速回転で高トルクを発生させることを主眼としている。

 エンジンの仕事量とは詰まるところトルク×回転数だが、回転数を上げると、様々なロスが生じる。これを回避するためには使用回転数を低く抑えて、「積」が同等になるようにトルクを上げれば良い。これこそが画期的なCO2抑制策だと喧伝されたのだが、大きな欠点がひとつあった。このエンジンは高回転まで回すと、CO2排出が激増するのである。

 ところが、ここでエンジンのテスト方法にワールドワイドな統一規格が策定される。それがWLTPであり、日本の法規上使えない超高速域をカットした基準が日本式のWLTCである。この新規格では、従来と桁違いの高負荷加速がテストモードに組み入れられ、高回転を避けて通れなくなった。その結果、ダウンサイジングターボの苦手な領域が露わになってしまった。こうして、新時代の技術であったはずのダウンサイジングターボは一時の勢いを失い、どうも廃れていく気配である。

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